「事業承継」やるぞ!

今回のさくら便りは、事業承継についてです。奇しくも、ある全国紙の本日(平成29年10月6日)朝刊一面トップは、日本の多くの中小企業は後継者がいなくて廃業に追い込まれている、黒字であるにもかかわらず会社をたたまなくてはならない、このままでは中小企業の優良技術が途絶えてしまう、総合的な対策が必要だという記事でした。オーナー経営者が作り上げた事業を円滑に承継させることは、弁護士業務において重要課題のひとつです。弁護士目線から事業承継について少しお話させていただきます。


1 事業承継

中小企業庁は、昨年12月、中小企業経営者の高齢化が進む中で、遅れる事業承継への取組を促すため、その指針として「事業承継ガイドライン」を作成公表しました。
経営者の方々も事業承継の準備をしなければならないことはわかっていても、なかなか、喫緊の課題に追われ手が着けられない、事業承継と言っても何から始めたらいいのか、よくわからないというのが現状でしょうか。
事業承継のメニューは多岐に亘りますが、本稿では、オーナー企業を念頭に、まず、こんなことに取り組んではどうでしょうかという提案をしたいと思います。


2 事業承継の二つの側面

オーナー企業の社長は、①会社経営者と②会社の株主という二つの立場を有しています。事業承継ではこの二つの立場を承継することになります。
前者は、誰を後継者に指名し、どのように後継の社長が上手く事業を切り盛りできるような環境を整備し、事業を引き渡すかという事業の承継(狭義)そのものの問題です。
後者は、オーナーの個人資産である株式を誰に、どう承継させるかという株式の承継の問題です。
当然ながら、両者は、密接に関連します。後継者が決まれば、株式を承継させる者が決まり、株式承継の方法や価格の問題へと繋がって行きます。しかし、厳密に言えば異なる問題なのです。これらを区別せずに、ごちゃごちゃと一緒に議論するため、解決すべき課題を複雑にしているように思います。


3 事業承継(狭義)の対策

後継者を誰にするか、後継者をどう育てるか、会社の技術、顧客、取引先をどう承継させるかという課題はもちろん根本的課題ですが、承継後のトラブル発生を防止し、後継者が活躍できる体制を整え引き渡すことも重要です。承継前に将来のトラブルの芽を摘み取っておくということです。


  1. 各種労働関係規定のアップデート
    近年、長時間労働、過労死、未払残業問題、育児や介護と仕事の両立、非正規雇用の処遇改善等さまざまな労働問題が噴出しています。
    これに合わせて、労働契約法の改正(有期労働契約の無期労働契約への転換ルールの導入)、育児・介護休業法の改正(育児介護等との両立を促進する雇用環境の整備,育児休業期間の延長)等が行われ、労働基準法の改正(残業時間の上限規制強化、罰則付与)も予定されています。
    後継者の活躍は、従業員の働きに支えられています。後継者が従業員と良好な関係を築き、従業員に意欲を持って長く働いてもらうため、会社と従業員との間で適切な働き方のルールを明確に定めておく必要があります。
    会社には、既に、就業規則、服務規程、賃金規程、賞罰規定等の定めが存在してはいるでしょうが、ちゃんとアップデートされ、現行法や新しい働き方に対応した合理的内容になっているでしょうか。例えば、賃金規定に規定がないまま、給与は残業代込みを前提に従業員に支給していませんか。まず、会社の労働関連の諸規定を点検し、その内容をアップデートし、違法状態やグレーな慣行を清算しましょう。
    労働関係諸規定の改正は、現社長が健在のうち、事業承継前に行う方が圧倒的に容易です。
  2. 勤務時間・労働時間の正確な記録と残業手当の支給
    次に、規定は整備されても、運用がルーズでは、やはり将来に禍根を残すことになります。残業時間の管理や記録を正確に行い、働きに応じた残業代をきちんと支給しなければなりません。これがあいまいなままですと、後継社長の代になって、突然、未払残業代請求が行われるなどのリスクがあります。
    家を譲り渡すときに、次に住む方が気持ち良く住めるように、家の中や周りを掃除してきれいな状態で引き渡すよう、事業承継でも、会社をきれいにして後継者に引渡しましょうということです。
    また、労働関係の諸規定を整備し、確実かつ誠実に遵守運用することは、ルールや約束を守るコンプライアンスの効いた会社文化の醸成にも寄与します。

4 株式承継対策

株式承継対策の眼目は、何より、後継者に確実に、少なくとも3分の2以上の株式を承継させ、かつ、分散を防ぐことにつきます。 なぜ、3分の2以上かといいますと、会社の重要な意思決定(例えば、定款の変更や合併など)のための株主総会決議の決議要件が3分の2以上の賛成だからです。3分の2以上の株式を所有していれば、大半の重要案件を自己の意思で決議できます。


  1. 贈与契約書、遺言書の作成
    株式の承継を生前に行うのであれば、通常は、贈与となりますが、贈与契約書をしっかり作成しましょう(当然、贈与税も払います。)。そうでないと、他の相続人から贈与などなかったという訴えを提起されるかもしれません。
    また、遺言で承継させるのであれば、遺言書に、どの株式を誰に何株相続させるのか、しっかり漏れなく書き込みましょう。万が一書き漏らすことがあれば、相続人間の共有となり、会社経営権の支配の取得をめぐって遺産分割協議で大変揉めることになります。
  2. 定款規定の活用
    定款は、会社の基本的ルールや株主との契約を定めるものです。定款に以下の規定を設けておくことで、株式所有を通じた会社支配権を安定させることができます。会社の定款に以下の規定が手当されているか、まず、確認して下さい。
    また、これまで、商法及び会社法の改正が相次いで行われていますので、定款規定が現行法に合致するか合わせて点検した方がよいと思います。

    ア 株式の譲渡制限規定
    定款において、株式を譲渡するには会社の承認を要する旨(株式の譲渡制限)を定めることができます。この規定があれば、株式が会社にとって不都合な者に渡ることを防止できます(会社法136条、108条1項4号)。

    イ 相続人に対する株式の売渡請求規定
    また、定款では、相続により上記の譲渡制限株式を取得した者に対し、会社が当該株式を会社に売り渡すよう請求できる旨を定めることができます。これにより、株式が相続によって多数の株主に分散することを防止できます(会社法174条)。


5 早期の取組み

事業承継は、取り組むべき課題やメニューが多岐に渡り、かつ、会社の状態や、現社長の意向、後継者の有無、後継者の属性その他諸々の要素に応じたオーダーメイド対応となります。また、最初から全体像や道筋が見渡せるわけではなく、取り組む過程で、次の課題が明らかになってきます。
事業承継の取組みには、専門家アドバイザーが必要です。弁護士だけではなく、事業承継税制等に通じた税理士や社労士などの専門家の協力も得ながら長い時間かかけて取り組む課題です。早く準備に着手すれば、それだけ時間をかけてじっくり取り組むことができます。専門家として、事業承継が完結する最後まで伴走できれば、こんなに嬉しいことはありません。専門家冥利に尽きるとはこのことです。一緒に考えながら走ってみたいという方は、さくら共同法律事務所に是非ご相談下さい。




2017年(平成29年)10月6日
さくら共同法律事務所
パートナー弁護士・公認会計士 後藤 千惠