民法(債権法)改正と切符


1.はじめに

民法の債権に関する部分が大きく改正される、ということは、弊所の事務所セミナーや、さくら便りでも本年の5月分にパートナーの佐藤弁護士より紹介させていただいているところです。また、所内におきましても、各弁護士の理解を深めるため、事務所会議の際などに、弁護士間で債権法の改正についての研修を行っております。
そして、次回の上記所内研修の発表担当は私であり、このさくら便りの原稿もそうですが、研修の原稿も作成しなければ…と考えていたところで事務所に出所しますと、事務所向かいの日比谷公園で何やら鉄道に関するイベントが開かれていました。そこで、今回はこれをヒントにして、少々身近な話題をベースに債権法改正に触れてみたいと思います。


2.債権と契約について

そもそも「債権」とは何でしょうか。「債権」とは、一般的には、債権者が債務者に対して一定の行為(給付)を請求することを内容とする権利、という説明がなされます。
民法(以下、改正法を指すものとします)の目次を見ますと、第三編に「債権」という項目があり、その内訳としては、「第一章 総則(399条~520条の10)」に続いて、債権の発生原因として「第二章 契約(521条~696条)」、「第三章 事務管理(697条~702条)」、「第四章 不当利得(703条~708条)」、「第五章 不法行為(709条~724条の2)」の4章が立てられています。
ここから、日本の民法上、主な債権の発生原因として、「①契約」「②事務管理」「③不当利得」「④不法行為」の4つが定められており、特にこの中でも「第二章 契約」に関する条文数は極めて多く、「①契約」が債権の発生原因として極めて重要な役割を担っていることが分かります。


3.鉄道会社との契約関係

  1. では、例えば、弊所の弁護士が横浜地裁に行くために、新橋駅から横浜駅まで東海道線で行こうと考え、JRに乗るときにはどういった契約が乗客と鉄道会社との間には締結されているのでしょうか。
    こういった鉄道会社やバス会社、タクシー会社等と乗客との間の契約は、一般的には「旅客運送契約」と呼ばれます。その契約の内容は改めて言うまでもないことですが、上記の例でいえば、乗客は新橋駅から横浜駅までの運賃を支払う債務を負い、一方でJRは乗客を電車に乗せて新橋駅から横浜駅まで運ぶ義務を負うことになります。
  2. しかし、乗客やJRが負っている義務(や取得する権利)は本当にこれだけなのでしょうか。
    JR東日本のホームページを見てみますと、「旅客営業規則」というものがあります。一企業の規則といっても条文数は1条から319条まであるかなりのものです。
    その中には、例えば、乗車券の有効期間に関する154条を見ますと、新橋駅と横浜駅が含まれる、「大都市近郊区間内各駅相互発着の乗車券の有効期間は、1日とする。」と記載されています。つまり、乗客側からすれば、新橋駅から横浜駅までの切符を購入したにもかかわらず、明日になれば、JRは乗客を新橋駅から横浜駅まで運ぶ債務から解放されてしまう、ということを意味します。
  3. 民法上の大前提として、契約を締結する(すなわち当事者が契約に拘束される)場合、当事者が契約の内容を理解し、その内容で契約を締結することについて、互いの意思が合致(合意)することが必要です。当事者間で契約内容についての理解が欠けている場合は、意思の合致がないので、契約は成立しません。
    上記事例での問題は、旅客営業規則について、そもそも契約の一方当事者である乗客は認識していないか、そもそもこういった規則があること自体知らないことが通常であり、JRと乗客との間で意思の合致はないのだから、乗客が旅客営業規則に縛られる理由はないのでは?というところにあります。
    しかし、他方で、新橋駅から横浜駅までの切符を買う程度で、駅員からまず旅客営業規則を示され、ご同意頂けるならば切符を売りましょう、という手続を要求することは非現実的であり、そのようなことをしていたら電車に乗り遅れてしまいます。

4.約款に関する債権法改正

  1. 上記のような「旅客営業規則」は、一般には「約款」と呼ばれるものの一種で、この点については保険契約約款に関する大審院の判例(大審院大正4年12月24日)があり、「特に約款によらない旨の意思表示をなくして契約をした場合は、約款の内容に依って契約する、という意思をもって契約したものと推定する」旨の判示がされています。
    しかし、一方当事者が、見てもいないし、知りもしない契約内容(旅客営業規則)に拘束される、と考えるのは、私法上の大原則からしても少々強引な解釈と思われます。
  2. そこで、このような事例に対する解決策として、今回の債権法改正では、約款に関する規定が設けられました。 具体的には、

    民法548条の2(定型約款の合意)
    ①「定型取引を行うことの合意をした者は、次に掲げる場合には、定型約款の個別の条項についても合意をしたものとみなす。」

    一 定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたとき。

    二 定型約款を準備した者があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたとき。

    [②以下略]

    との規定が設けられました。
    民法548条の2において、「定型取引」とは、①ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であって、②その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なもの、と定義され、また、「定型約款」とは、「定型取引において、契約の内容とすることを目的としてその特定の者により準備された条項の総体、と定義されています。
    以上の定義に照らせば、旅客と鉄道会社と間の「旅客運送契約」は、「定型取引」に該当し、「旅客営業規則」は、「定型約款」に該当するものと考えられます。
  3. しかしながら、さらに民法548条の2第1項2号をよく読むと、「定型約款を準備した者があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に『表示』していたとき。」とされており(典型的には保険約款等が想定されての規定です)、旅客運送契約の場合は、そもそもホームページ等で「公表」されているだけで、「表示」はされていないのではないか、という疑問が残ります。
    そこでこの点については、鉄道営業法で対応がされることとなり、今回の債権法改正と同時に、鉄道営業法も改正がされ、以下の条文が加えられることとなりました。

    鉄道営業法18条ノ2
    鉄道ニ依ル旅客ノ運送ニ係ル取引ニ関スル民法(明治29年法律第89号)第548条の2第1項ノ規定ノ適用ニ付テハ同項第2号中「表示していた」トアルハ「表示し、又は公表していた」トス。

    文語調の中に口語調が入った変わった条文ですが、鉄道による旅客運送取引については、約款は「公表」で足りる、とする改正がなされたものです(同様の改正は、道路運送法や航空法、海上運送法等にもなされました)。
    このような改正によって、法的に裏付けがあり、かつ取引実態に合わせた法改正がなされたものということができます。

5.最後に

今回は一つの例として、鉄道会社との旅客運送契約と約款に関わる民法改正の説明を致しましたが、これに限らず、債権法の改正は、一般市民社会に影響を及ぼす部分が非常に多いです。
本コラムを通じて、少しでもご興味を持っていただき、今後の企業活動や生活に生かしていただければ幸いです。


以上



2018年(平成30年)10月11日
さくら共同法律事務所
弁護士 前山慶斗