個人債務者の私的整理に関するガイドライン

「個人債務者の私的整理に関するガイドライン」について

平成23年3月11日に発生した東日本大震災からの復興のために、いわゆる二重債務問題への対応として、「個人債務者の私的整理に関するガイドライン」が同年7月15日に策定・公表されました。


このガイドラインを利用することにより、東日本大震災の影響を受けた個人の方は、既存の金融債務(金融機関等からの借入金)について、弁済方法の見直しや債務の減免などを金融機関等の債権者と話し合うことができます。


基本的には、現在の財産状況や収入状況に鑑みて、債権者との合意により、弁済方法が見直されたり、債務が減免されたりします(必ずしも既存の金融債務について全額免除されるわけではないことに留意する必要があります。)。


似たような手続として、個人破産や個人民事再生などの裁判所を利用する法的倒産手続がありますが、このガイドラインでは、裁判所を利用しないで金融機関等の債権者との任意の話し合いにより、既存の金融債務の解決を図ります。また、法的倒産手続をとった場合には、一定の資格制限や個人信用情報の登録などが行われますが、このガイドラインを利用した場合には、そのような不利益を回避できます。


なお、このガイドラインは既存の金融債務の解決のみを対象としていますので、新規ローンも希望される方は、このガイドラインによる手続とは別に、金融機関に相談することになります。


以下では、このガイドラインの概要についてご紹介いたします。詳細については、以下の「個人版私的整理ガイドライン運営委員会」ホームページにて掲載されている、ガイドライン及びQ&Aをご参照ください。


・個人版私的整理ガイドライン運営委員会
 http://www.kgl.or.jp/
・個人債務者の私的整理に関するガイドライン(「GL」)
 http://www.kgl.or.jp/guideline/
・「個人債務者の私的整理に関するガイドライン」Q&A(「Q&A」)
 http://www.kgl.or.jp/guideline/qa.html


1.ガイドライン策定の背景(GL前文、Q&A‐Q2参照)

東日本大震災により、住宅ローンを借りている個人や事業性資金を借りている個人事業主等が、今後これらの既往債務の負担を抱えたままでは、生活や事業の再スタートに向けて困難に直面する等の問題(いわゆる二重債務問題)が生じると指摘されています。


この二重債務問題は、震災からの着実な復興のために適切な対応がなされなければならない極めて重要な課題であり、本年6月、政府の「二重債務問題への対応方針」が取り纏められました。


そして、これを受け、本年7月、金融機関団体の関係者等、学識経験者などで構成される「個人債務者の私的整理に関するガイドライン研究会」が発足し、金融機関等が、個人である債務者に対して、破産手続等の法的倒産手続によらず、私的な債務整理により債務免除を行うことによって、債務者の自助努力による生活や事業の再建を支援するためのガイドラインが、本年7月15日に策定・公表されました。


2.ガイドラインの位置づけ(GL第2項参照)

このガイドラインは、個人債務者の私的整理に関する民間関係者間の自主的ルールであり、法的拘束力はありません。


もっとも、個人債務者の債務整理を公正かつ迅速に行うための準則として、金融機関団体、商工団体等の関係者等が中立公平な学識経験者などとともに協議を重ねて策定したものであることから、金融機関等の債権者、債務者並びにその他利害関係人によって、自発的に尊重され遵守されることが期待されています。


3.ガイドラインの内容(概要)

(1)対象となる債務者(GL第3項、Q&A‐3-1~3-9参照)
このガイドラインにより債務整理を申し出ることができる債務者は、以下の要件をすべて満たす者に限られます。

ア 「個人」であること
たとえば、住宅ローン債務者等の非事業者や個人事業主のことを指します。

イ 住居、勤務先等の生活基盤や、事業所、事業設備、取引先等の事業基盤などが東日本大震災の影響を受けたこと
ここでいう影響には、地震・津波により、家屋が倒壊損壊又は流失した場合や、事業所や事業設備等が損壊又は流失した場合などの直接的なもののほか、勤め先が被災したことにより失業した又は給料が下がった場合や、取引先や顧客が被災したことにより売上が減少した場合などの間接的なものも含まれると考えられています。また、「原子力発電所の事故による影響」も対象とされ、同事故による営業損害等を受けた場合なども含まれると考えられています。

ウ 東日本大震災の影響によって、住宅ローン、事業性ローンその他の既往債務を弁済することができないこと又は近い将来において既往債務を弁済することができないことが確実と見込まれること

「既往債務を弁済することができない」とは、債務者が資力を欠いているために、東日本大震災の発生前から負担している既往債務について、特定の債務だけでなく、その他の債務全般についても、約定どおりの返済ができない状態であって、その上、そのような状態が以後も継続する状態をいいます。破産手続における「支払不能」の状態を指します。

他方で、「近い将来において既往債務を弁済することができないことが確実と見込まれる」とは、現時点では約定どおりの返済ができているものの、債務者が資力を欠いているために、近い将来、特定の債務だけでなく、その他の債務全般について返済できなくなることが、確実に見込まれる状態をいいます。民事再生手続における「支払不能のおそれ」に相当する状態を指します。

上記の状態かどうかは、債務者の財産や収入、信用、債務総額、返済期間、利率といった支払条件、家計の状況等を総合的に考慮して判断されることとなります。

エ その他に要件として、以下のものがあります。
(ア)弁済に対して誠実であり、その財産状況(負債の状況を含みます。)を対象債権者に対して適正に開示していること
(イ)東日本大震災が発生する以前に、対象債権者に対して負っている債務について、期限の利益喪失事由に該当する行為がなかったこと(ただし、当該対象債権者の同意がある場合はこの限りではありません。)
(ウ)破産手続や民事再生手続と同等額以上の回収を得られる見込みがあるなど、対象債権者にとっても経済的な合理性が期待できること
(エ)(事業者の場合)事業に価値があり、対象債権者の支援により再建の可能性があること
(オ)反社会的勢力ではなく、そのおそれもないこと
(カ)免責不許可事由(破産法第252条第1項第10号を除く。)がないこと


(2)対象となる債権者(GL第2項(2)号、第5項(5)号参照)
このガイドラインの対象となる債権者(「対象債権者」)は、弁済計画が成立したとすれば、それにより権利を変更されることが予定されている債権者をいいます。対象債権者は、このガイドラインによる債務整理に誠実に協力することとされています。

対象債権者の範囲は、主として金融機関等の債権者(銀行、信用金庫、信用組合、労働金庫、農業協同組合、漁業協同組合、政府系金融機関、信用保証協会、農業信用基金協会等及びその他の保証会社、貸金業者、リース会社並びにクレジット会社等)ですが、このガイドラインに定める場合その他相当と認められるときは、その他の債権者を含めることとされています。


(3)第三者機関(GL第4項、第5項(2)号、第7項(1)号、第8項、Q&A‐Q4-1参照)
このガイドラインに基づく手続を、債権者又は債務者の代理人としてではなく、利害関係のない中立かつ公正な立場から的確かつ円滑に実施するための第三者機関として、全国銀行協会等が設立する一般社団法人「個人版私的整理ガイドライン運営委員会」が設置されています。

同運営委員会が担う役割及び業務は、以下の通りです。
・ 弁護士、公認会計士、税理士、不動産鑑定士、その他の専門家の登録の受理及び取消し並びにその適性の審査
・ 登録された弁護士、公認会計士、税理士、不動産鑑定士、その他の専門家に対する助言及び指導
・ 債務整理の開始の申出及び対象債権者に対して提出する必要書類の提出の支援
・ 弁済計画案の作成の支援(債権者の意向確認を含みます。)
・ 報告書の作成
・ 弁済計画案の説明等の支援(債権者間の調整を含みます。)
・ ガイドラインの解釈又は運用に関するQ&A等の作成及び改訂等
・ その他、ガイドラインによる債務整理の的確又は円滑な実施のために必要な業務


(4)債務整理の方法(弁済計画案の内容)(GL第7項、Q&A‐Q7-1~7-14参照)
弁済計画案の内容は、債務者の状況(事業者・非事業者の別、将来収入の有無等)に応じて、複数の類型が用意されています。

弁済計画案に記載される主な事項は、①債務の弁済ができなくなった理由(東日本大震災による影響の内容を含みます。)、②債務者の財産の状況、③債務弁済計画(原則5年以内、④資産の換価・処分の方針、⑤対象債権者に対して債務の減免、期限の猶予その他の権利変更を要請する場合はその内容等、とされています。

事業継続を図る個人事業主については、上記に加え、震災の影響を踏まえた事業計画(損益黒字化原則5年等)の提出が求められます。

弁済計画に基づく弁済の総額は、基本的に、債務者の収入、資産等を考慮した生活実態等を踏まえた弁済能力により定めるものとし、また、破産手続による回収の見込みよりも多くの回収を得られる見込みがあるなど、対象債権者にとって経済的な合理性が期待できる内容としなければならないとされています。


(5)手続の流れ(GL第5項、Q&A‐Q5-1~5-4参照)
このガイドラインに基づく債務整理の手続の流れは、以下のとおりです。

債務整理の手続の流れ

① 債務者が、債務の減免等を求める相手である債権者(対象債権者)に対して、債務整理を申し出、必要書類(財産の状況等)を提出します。
② 債務者がガイドラインに則り弁済計画案を作成します。
③ 第三者機関に登録する専門家(弁護士等)が、弁済計画案がガイドラインに適合していることなどについて報告書を作成します(第三者機関によるチェック)。
④ 債務者が弁済計画案及び報告書を対象債権者に提出・説明等します。
⑤ 対象債権者が弁済計画案に対する同意・不同意を表明します。
⑥ 対象債権者全員の同意により、弁済計画が成立します。対象債権者全員の同意が得られない場合は、弁済計画は不成立となります。


(6)(連帯)保証人に対する配慮(GL第7項(5)号、Q&A‐Q7-13、7-14参照)
債務者の対象債権者に対する債務を主たる債務とする保証債務がある場合、主たる債務者が通常想定される範囲を超えた災害の影響により主たる債務を弁済できないことを踏まえ、保証人に対しては、その責任の度合いや生活実態等を考慮して、保証履行を求めることが相当と認められる場合を除き、保証人(個人に限ります。)に対する保証履行は求めないこととされています。

保証履行を求める場合には、保証人についても、主たる債務者とともに弁済計画案を作成し、合理的な範囲で弁済の負担を定めることになります。

保証履行を求めることの相当性及び保証人の負担の範囲の合理性については、第三者機関のチェックを受けます。


4.その他

(1)信用情報の取り扱い(GL第10条(2)号、Q&A‐Q10-3参照)
このガイドラインに基づく債務整理の対象となった債務者は、東日本大震災の影響によって、本人に帰責事由がなく、既往債務を弁済できないなどの債務者です。

このような事情を踏まえ、ガイドラインによる債務整理を行った債務者について、当該債務者が債務整理を行った事実その他の債務整理に関連する情報(代位弁済に関する情報を含む。)を、信用情報登録機関に報告、登録は行われません。

ただし、債務者が弁済計画を履行できずに、債務者及び全ての対象債権者による協議・適切な措置が取られてもなお、弁済計画が履行されず信用情報登録機関への報告事由が発生した場合には、信用情報登録機関への報告・登録を行うこととなります。


(2)ガイドラインの適用期限(GL第10条(3)号、Q&A‐Q10-4参照)
このガイドラインは、本年8月22日より適用開始されていますが、適用期限は明示的には設けられておりません。しかしながら、東日本大震災の影響により既往債務を弁済できないなどの個人を対象としたものであるといった性質上、恒久的な措置ではありません。

従って、震災からの復興状況等を踏まえながら、いずれかの段階で、個人版私的整理ガイドライン運営委員会又は個人債務者の私的整理に関するガイドライン研究会を構成する関係者において、協議を行い、事前の告知を行った上で、適用を終了することが予定されています。




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