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■中堅・中小企業における円滑な事業承継の進め方

 独自の技術やノウハウをもつ中堅・中小企業が、創業者や先代経営者の引退後も継続して存続していくことが日本経済の発展にとって重要なことです。

 こうした事業承継には、親族内承継、親族外承継、M&Aなどの手法によることになりますが、今回はこれらの手法について解説します。

 特に、創業者や先代経営者の子供に事業を引き継がせる親族内承継に関しては、自社株式を子供らの後継者に集中して移転させるための新しい法制と税制が創設されています。平成20年5月に創設された「中小企業における経営の円滑化に関する法律」と、平成21年度税制改革より制定された「非上場株式についての贈与税の納税猶予制度」と「非上場株式等についての相続税の納税猶予制度」です。これらの新制度については詳しい解説行うこととします。

第1章 中小企業における事業承継の問題点

 中小企業の我が国経済における役割は、非常に重要なものがあります。

 中小企業の数は、法人と個人事業主をあわせると約420万社になり、全企業の9割以上を占め、また、全雇用者数の約7割を雇用しているといわれています。こうした中小企業は、財やサービスの生産、提供を行い、広く国民に雇用の機会を提供しているだけではなく、独自の技術やノウハウを使って国民経済の発展を牽引してきたものであり、日本経済のメインプレーヤーといっても過言ではない存在です。したがって、こうした中小企業が成長、発展しながら、承継されて行くことが重要になります。

 しかしながら、中小企業の事業承継においては、経営者の後継者難、承継のための資金不足、税制の不備など、多くの問題点が指摘され、次世代への承継が円滑に進まず、結局は、経営者の引退、死亡とともに廃業を余儀なくされる場合も多くあります。ただ、事業の承継は先代経営者とその家族だけの問題ではなく、従業員とその家族、さらには多くの利害関係者にも経済的影響を与える問題であって、これらの者のためにも会社が存続することが望まれる場合が多くあります。その意味で廃業は、日本経済及び国民にとって、大きな損失となります。

 そこで、こうした廃業という事態を回避するためには、円滑に事業が承継される必要がありますが、これを達成するためには早期かつ入念な承継対策が必要です。十分な承継対策がなされないと、後継者と後継者とならない相続人間で相続紛争が発生し、また相続人に後継者がいないまま経営者が死亡し、従業員その他の適当な後継者への承継を行いたくても株式の買取資金の手当てができないなどという結果になります。したがって、経営者は、早期に、かつ入念な事業承継対策に取り組む必要があります。

 かつては、事業承継といえば、親族内に複数の後継者候補がいて、誰を後継者にするかを決めることが出発点であることが通常でしたが、近年は、親族内に後継者がおらず、またいたとしても承継を望まないケースも多々見受けられます。その場合は、親族外に後継者を探す必要が生じます。

 また、親族の内外に適当な後継者が見つからない場合は、廃業・清算を決める前に、会社を売却する(M&A)ことも検討すべきです。独自の技術やノウハウがある場合、中小企業といえどもM&Aの対象となるチャンスもあるはずで、これに成功すれば、経営者及びその親族の経済的利益にもなりますし、従業員の雇用の継続にもなります。そして、なによりも会社のもつ独自の技術とノウハウも承継されることになります。

 以下においては、親族内承継、親族外承継、M&Aによる承継の順番で、その具体的方法を説明します。

第2章 親族内承継

1 集中承継の必要性と遺留分に関する新制度

 親族内承継では、相続紛争を回避し、先代経営者の保有する自社株式や事業用不動産などの事業用資産が、後継者へ円滑に承継されることが重要です。

 特に、その際、最も重要であるのは、後継者の議決権の確保ですが、株式は、相続の際、可分債権とは扱われずに当然分割にはなりません。そうすると、株式は相続人の共有となり、議決権は持分の過半数をもって行使されることになりますから、株式が遺言もなく遺産分割協議の対象となった場合、他の相続人の協力が得られないと後継者の意向にそった議決権の行使は不可能になります。

 したがって、議決権確保のためには、先代経営者が、生前贈与または遺言を行って自社株式を後継者に承継させる必要があります。遺言は、自筆証書遺言か公正証書遺言によることになりますが、公正証書遺言にしておくことが、後日、遺言の効力等の問題が発生せず、確実です。

 但し、遺言も全く自由になし得るわけではなく一定の制限があります。すなわち、相続人が兄弟姉妹以外の相続人(親、子、配偶者)であるときには、相続人の法定相続分の一部を保障する「遺留分」という制度があります。配偶者や子が相続人となる場合は、遺産の2分の1が遺留分となって、この最低保障分を侵害して後継者だけに遺贈をすることはできません。遺言の内容が遺留分を侵害する場合でも、遺言書が無効になるわけではありませんが、遺留分を侵害された相続人は、侵害された遺留分を取り戻すことができます(遺留分減殺請求権)。遺留分の侵害があるかどうかは、生前に贈与された財産も含めて判断されます。

 そうすると、先代経営者は、上記遺留分を侵害しないように後継者に自社株式を生前贈与や遺言をして承継させる必要がありますが、中小企業の経営者の場合は、自社株式以外に十分な資産がない場合も多く、議決権確保という目的を達成するためには遺留分侵害が発生せざるをえないという状況が発生します。すなわち、遺留分制度が、円滑な事業承継を阻害する場合が生じるのです。

 この結果を回避するために、「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」(経営承継円滑化法)が制定され(平成20年5月)、円滑な事業承継を行うために先代経営者から後継者へ株式等の生前贈与を行う場合、遺留分に関する民法の特例として、贈与された株式等を遺留分の対象から除外する制度と贈与株式の評価額をあらかじめ固定できる制度を創設しています(平成21年3月施行)。

 以下、その内容を解説します。

【1】 生前贈与株式を遺留分の対象から除外する制度

  先代経営者の生前に、後継者に生前贈与された自社株その他の事業用資産について、遺留分算定の基礎財産から除外できる制度です。これにより、遺留分減殺請求権の行使を回避し、自社株式や事業用資産の散逸を回避できます。

  但し、以下の要件を満たす必要があります。

1) 法律が定める一定規模以下(下記表参照)の企業であって、3年以上継続して事業を行っていること(法2条、3条1項、施行規則2条)。
  資本金 または 従業員数
製造業その他 3億円以下 300人以下
卸売業 1億円以下 100人以下
小売業 5000万円以下 50人以下
サービス業 5000万円以下 100人以下
(政令により一定業種はさらに拡大)


2) 当該中小企業者の先代経営者(いまだまだ現役経営者の場合も含む)が、その遺留分権利者である推定相続人であって、当該中小企業の代表者である者(後継者)に対し(法2条2及び3項)、自社株式の贈与を行い、その結果、後継者の保有する株式総数が総株主の過半数を有することになったこと(法4条1項)。

3) 遺留分権利者全員が、書面で、後継者が先代経営者から生前贈与を受けた自社株式の全部または一部について、その価額を遺留分を計算するときの価額に含めないことに合意したこと(法4条1項1号)。

4) 後継者が、上記合意内容に関し、経済産業大臣の確認を受け、かつ家庭裁判所の許可を受けたこと(法7及び8条)。

  なお、自社株式に限らず、先代経営者が所有する事業用不動産に関しても、上記と同じ要件で、遺留分の対象から除外する合意をすることができます(法5条)。


【2】 生前贈与株式の評価額をあらかじめ固定できる制度の創設

  また、遺留分の算定に際して、遺留分権利者全員の合意に基づき、生前贈与株式の価額を合意時の評価額であらかじめ固定できる制度も導入されました(法4条1項2号)。

   これは、後継者が自社株等の生前贈与を受けた後、後継者の貢献によって自社株等の価値が増大した場合でも、遺留分の算定にあたっては、相続開始時点での評価ではなく、あらかじめ合意した金額によることに合意するものです。つまり、後継者が自社の発展に貢献すれば遺留分の額が増大してしまい、相続にあたって自らの首を絞める結果になってしまうので、これを回避するためのものです。

2 事業承継税制に関する新制度

   親族内承継に関し、相続問題等がクリアーになっても、もう一つ処理しなければならない大きな問題は相続税その他の税金問題です。

   生前贈与に関しては、相続時精算課税制度を活用します。一般に、贈与税は相続税よりもその税率は高くなりますが、この制度は、生前贈与によって財産を取得する際に、一定の要件を満たす場合には、贈与時の贈与税が軽減され、相続時に相続税で清算する仕組みです。贈与時に贈与税を支払わない代わりに、後から相続税としてまとめて支払うという基本的には課税の繰り延べの制度です。この制度を利用することによって、早期の事業承継対策を講じることが可能になります。

   また、より根本的な問題としては、自社株の評価が高い場合には、相続したくても相続税が払えない、相続税を支払うために他の資産を売却すれば事業が成り立たないというような場合もあります。

   そこで、中小企業の事業承継を税制面から支援する制度として、平成21年度税制改正により、「非上場株式等についての相続税の納税猶予制度」と「非上場株式等についての贈与税の納税猶予制度」が創設されました。

 【1】 非上場株式等についての相続税の納税猶予制度(平成20年10月1日以降の相続又は遺贈に適用)

   先代経営者から相続または遺贈により自社株式を取得した後継者が、相続税額のうち、自社株式の発行済み株式総数の3分の2に達するまでの部分に対応する課税価格の80%に相当する相続税額について、担保を提供することにより、その後継者死亡の日まで、その納税が猶予されます。

   ただ、この制度を利用するためには、相続開始前に経済産業大臣に対する確認申請と確認の受領、相続開始後に同大臣に対する認定申請とその受領、納税猶予期間中に同大臣に報告書を提出し、また税務署長に届出を行うといった手続きが必要になります。

   また、担保の提供が要件となっていますが、本制度の適用を受ける自社株のすべてを担保として提供した場合は、担保の提供があったとみなされることになっています。

   そして、後継者が代表者として雇用の8割以上を維持しつつ5年間事業を継続するとその間納税が猶予され、その後株式を死亡時まで継続保有した場合には、猶予税額の納付を免除されます。

 【2】 非上場株式等についての贈与税の納税猶予制度(平成21年4月1日以降の贈与に適用)

   生前贈与の場合も上記相続税の納税猶予制度と同様の要件で、贈与者の死亡の日まで贈与税の納税猶予を受けられ、その後相続の際にいったん納付が免除され、引き続き上述した相続税の納税猶予制度にバトンタッチされます。

   この場合も、贈与前に経済産業大臣に対する確認認定という手続きが必要になります。

3 金融措置に関する新制度

   上記の通りの税制に関する新制度が創設されたとしても、依然として相続税等の納税額が多額である場合、株式の分散を防止するための株式買取資金が必要である場合、後継者の金融機関に対する信用力が確立していない場合など、事業承継時には多額の資金需要が発生することが多くなります。

   そこで、円滑化法では、事業承継により発生する資金需要に対応するために、一定の要件を満たす中小企業とその後継者に対する金融支援措置として、中小企業信用保険法、株式会社日本政策金融公庫法の特例を設け、前者における特例として債務保証に関し別枠が設けられ、また後者における特例としては、会社が特別に低い利率により必要資金の融資が受けられ、また後継者個人が必要資金の借り入れができることになっています。

第3章 役員・従業員による事業承継(MBO)

1 親族内に後継者がいない場合は、社内の役員や従業員の中から後継者を選定し、この後継者が株式を買い取ることにより事業承継を行う方法(Management Buy Out)があります。

   この場合、株式の買取資金の調達、個人保証の移管などの問題が生じます。すなわち、親族外事業承継のためには、後継者が自ら資金を調達して自社株式を買い取る必要があります。非公開株式の場合、市場価格がないので、いくつかの算定方式を併用して企業価値を算定し、株価を算出します。赤字企業や借入金が多い企業などでは備忘価格での買い取りが行われ場合もあるでしょう。

   株式の買取価格が高額であり、後継者の手許資金で賄えない場合、後継者が会社から融資を受けて役員報酬で返済するなどの方法でこれを用意することになります。会社に余剰資金がない場合は、金融機関から会社が一旦借り入れして、これを後継者に貸し付けるなどの方法をとることになります。

  また、会社の企業価値がその所有不動産の価値が反映されている場合などは、会社を事業部門と不動産の所有管理部門に分割し、事業部門の会社だけをMBOするなどの方法も検討されるべきでしょう。

  次に、日本の金融制度のもとでは、会社の借入金に関し、先代経営者が個人保証を行い、また個人所有の不動産を担保として提供しているケースが相当あります。この場合は、後継者がその肩代わりをすることになりますが、その手続きにも困難が伴う場合が多いと思います。これは金融機関と十分に協議し、処理をせざるをえません。


2 資金調達においては、円滑化法における金融措置の適用は親族内承継に限定されていませんので、上述の制度の利用も検討すべきです。

   また、民間の投資会社や中小企業基盤整備機構などが組成している投資ファンドから出資を受けることも検討すべき方法です。

第4章 M&Aによる事業承継

  親族内にも親族外にも後継者がいない場合は、廃業や清算を決める前に、会社の第三者への売却(M&A)を検討すべきです。

  もちろん、第三者が、当該中小企業に企業価値を認め、購入意欲が生じるような企業であることが前提条件となりますが、日本の中小企業には独自の技術やノウハウを有し、価格によっては第三者が大いに魅力を感じることのできる会社も相当数存在すると思われます。
  当事務所では、事業承継に関し、税務処理も含めた総合的なご提案を行うことができ ます。また、仲介機関のご紹介を含め、M&Aの相談も承っております。