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裁判官殿!どうしてこれまでできなかったの??
個別的労働紛争をわずか3ヶ月で解決する「労働審判制度」の利用のお勧め  (平成21年12月22日)



1 労働審判制度

  労働審判制度が、平成18年4月にスタートしてから3年以上が経過しました。

  この制度は、訴訟手続に代わり、激増する個別労働関係紛争に適切に対応できる司法制度が構築されるべきだという理念のもと、裁判制度の歴史上全く新しい制度として創設されたものです。

   その制度内容は、個別労働関係事件に関し、裁判官(労働審判官)1名と労働関係に関する専門的な知識経験を有する労使の専門家(労働審判員)2名で構成する労働審判委員会が、3回以内の期日で審理し、その中で調停による解決を試み、調停が成立しない場合は審判(労働審判委員会による判定)を行うという制度です。

  その特徴は、以下の通りです。

 ① 迅速性

   その特徴は、なんと言っても、その迅速性にあり、原則(特別な事情がない限り)3回以内の期日で審理し、終結するのが原則となっています。

   そして、第1回期日は申立後40日以内に指定されることになっており、また2回目と3回目の期日も、両当事者との打ち合わせの上、事前に期日を予約しておく運用がなされるため、通常3ヶ月以内で手続きが終了します。

   また、迅速な審理を実現するために、第1回の期日にそれぞれが主張と証拠の提出をすませるように要請されるとともに、書面の提出は申立書と答弁書だけで、その後の主張は期日に口頭で行うのが原則(口頭主義・直接主義)です。

   そして、労働審判委員会は、第1回期日に(遅くとも第2回期日までに)提出される証拠と労働者本人及び使用者担当者に対して行われる審尋(簡易な証人尋問のようなもの)の結果を検討し、それぞれの主張の当否につき心証を取った上で、第2回期日(簡単な事件では第1回期日)には調停による解決が試みられます。そして、期日は原則第3回までで、ここで第2回期日に続けて調停による解決が試みられるとともに、調停不成立の場合は、審判が下されます(例外的に審判なしに終了する事件もあります)。

 ② 専門性

    労働審判委員会は、職業裁判官である労働審判官と労働関係に関する専門的な知識経験を有する労使の専門家である労働審判員2名の合計3名で構成され、審判員は審判官と対等な立場で審議を行い、同一の評決権をもち、審判をする際の決議はその過半数の意見によるものとされています。

    このように、職業裁判官に加え労働問題の専門家が手続きに加わることによって、専門性に裏打ちされた的確な判断がなされることが期待できます。

  ③ 柔軟性

    訴訟手続きにおける判決は、解雇が無効か有効か、賃金切り下げ前の賃金請求権があるかないか、などという100か0の判断しかありませんが、本制度では、調停による柔軟な解決が試みられるのに加え、調停による解決ができない場合でも、「事案の実情に即した解決をするのに必要な審判」を行うことができます。

    すなわち、審判は、「審理の結果認められる当事者間の権利関係及び労働審判手続の経過を踏まえて」行われ、その内容も「当事者間の権利関係を確認し、金銭の支払い、物の引渡しその他財産上の給付を命ずる」ことができますし、さらには「その他個別労働関係民事紛争の解決をするために相当と認める事項を定める」こともできます。結局、労働審判手続では、法の規定を杓子定規に適用して100か0の判断をするのではなく、事情に即して柔軟な内容の審判を行うことができることになっています。
   くだいていうと、訴訟手続において要請されるような1円まで証拠に基づき認定して判決をするような運用は行われず、ある程度のどんぶり勘定的判断によるものの、柔軟性や結果の妥当性を重視した調停案や審判が出されます。
  なお、本制度は、民事事件のうち個別労働関係紛争の案件を対象にした専門の手続が裁判所に設けられたものであり、管轄を有する地方裁判所に申立をすることになります。

  個別労働関係紛争が対象となり、具体的には、解雇、雇止め、配点、出向、賃金・退職金請求権、懲戒処分、労働条件変更の拘束力をめぐる紛争などが対象となります。集団的労使紛争である使用者と労働組合の紛争は対象となりません。また、セクハラなどの労働者間の紛争も対象とはなりませんが、一方の労働者が使用者に対して管理責任や使用者責任を追求する場合などは対象となります。

  使用者、労働者ともに申立をすることができます。

3 評価と民事事件全体に与える影響

  スタートしてから3年以上を経過した本制度は、利用者から極めてよい評価を得ています。

  その理由は、申立から3ヶ月という極めて短期間のうちに、当事者双方がそれなりに納得のいく調停案が示されることによって調停が成立し、また調停が成立しない場合でも、柔軟で、結果の妥当性を重視した内容の審判が下されているからです。

  すなわち、労働審判は、調停機能だけではなく、司法判断としての審判という判定機能もありますので、個別労働紛争解決促進法に基づく都道府県労働局のあっせんや都道府県労働委員会の個別労使紛争のあっせんのような調停機能に限定された制度とは決定的に異なります。そして、審判により司法的判断がなされ、それが確定すると判決と同様な強制力をもつことになりますので、審判が下される前の調停段階の協議や交渉に事実上の影響力をもつことになります。さらに、審判が下されてもその内容に不服のある当事者は異議を出すことによりその効力を失効させることができますが、その後は自動的に訴訟手続に審理が移行します。そして、訴訟手続においては、労働審判官と同じ裁判官、もしくは同じ裁判所の裁判官が担当しますので、労働審判手続において示される調停案や審判と大きく異なる内容の判決が下される可能性は小さいことが予想されますので、調停案や審判を受け容れざるを得ないという事実上の影響力が効いてくることになります。そのため、調停又は審判限りで事件が解決することが多くなります。

  また、判定機能を発揮するには当事者の主張の当否を判断することが必要であり、そのための心証を得るには関係者の証言を聞くという証人尋問が必要となる場合が多いのですが、本手続では、第1回期日に労働者本人と使用者担当者の出席を求め、その場で審尋という簡易な手続で質問をして心証をとる方法が採用されています。

  こうした制度設計の結果、3ヶ月以内に調停もしくは審判により事件が終了する割合が非常に多くなるという結果を生んでいるわけです(福岡地裁の統計で86%というものがあります)。

  こうしてみると、労働審判手続は3ヶ月以内に終了できるのに、通常の訴訟手続においてはなぜ判決の確定までに簡単な事件でも2〜3年を要するのかという疑問、批判が生まれるのは当然です。「裁判官殿!どうなっているのですか。」と裁判官に言いたくなるし、弁護士にも同様な批判が寄せられそうです。

  ただ、これまでの訴訟手続では、労働審判制度のような運用は不可能であったのであり、労働審判制度は、裁判制度の歴史上全く新しい制度として創設されたものということができるのです。

  その構造は、厳格な訴訟手続に依存することはやめにして、迅速かつ柔軟な解決を図るために、細かいところには目をつぶり、大枠での妥当性、合理性を達成する(ある程度のどんぶり勘定で判断をする)やり方を採用するものです。そして、両当事者がそれでいいというのであれば問題ないはずであって、それがいやな人のためには、その手続きをご破算にして訴訟手続に移行しようというものです。

  そうすると、他の民事訴訟事件においても同様な制度を創設すれば、同じような結果を得ることができるのではないかということになり、答えはyesであろうと思われます。すなわち、個別労働事件以外でも、相当数の案件は労働審判制度と同様な簡易な手続によって調停、もしくは審判が可能であり、かつそれによって当事者が納得する事案も相当数あることは間違いないと思われます。