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賃料の増額請求権はあるけれど、賃料の減額請求権はないと思い込んでいるあなたに
資金繰りと損益向上に資する賃料減額請求権のお話



1 賃料減額と企業の損益
 賃料の増額請求権はあるけれど、賃料の減額請求権はないと思い込んでいませんか。

 この不況下、各企業はコスト削減のためにあらゆる努力を払っていると思いますが、そこでまず考えるのは、人件費の削減等の固定費の削減です。しかしながら、中長期で見た場合の効果は、一長一短であり、当面の急場しのぎにはなるものの、企業の持続的発展にとっては、マイナス面の方が大きいと思われます。

 実は、人件費と同じ固定費ではあるものの、もう一つ大きなものは、賃料です。賃料の減額請求権はないと思いこんでいるために、コスト削減策を考案する上で選択肢の1つから落ちていませんか。これが実現できれば、コスト構造や損益分岐点の改善を達成することができます。資金繰り上も助かります。



2 認められるための要件
 賃料減額請求権は、貸主に賃料増額請求権が認められているのと同様に、借主に認められた権利です。

 その要件として、(1)土地や建物の価格の低下、その他の経済事情の変動があったとき、(2)近隣の類似の建物の賃料に比較して不相当となったとき、又は(3)土地や建物に対する租税その他の負担が減少したとき、に減額請求することができます。そうすると、まさに、不況下に認められる借主の権利であって、機会を逃せば(好況時、もしくは景気回復時(地価等が上がる時))、認めらる可能性が低くなります。

3 具体的な行使方法
(1) 任意交渉
 まず、権利を行使する前に、任意交渉を行います。

 通常、(1)倒産、失業率、物価などの一般的経済事情の変動、(2)賃貸物件価格の下落、(3)借主の業績の低迷などがわかる資料を示しながら交渉することになります。この過程は、権利行使以前において、貸主と借主の納得のもと、相互の合意もと賃料を減額する試みということになります。ただ、この交渉はだらだらと長期にやるべきではありません。その理由は後述しますが、任意に合意ができないと思われる場合は、速やかに次のステップに進むべきです。

(2) 減額請求権の行使
 任意交渉で減額の合意ができないときは、減額請求権を行使します。

 この場合には、各種資料を参考にして相当であると判断される賃料金額を具体的に示して、減額請求権を行使する旨貸主に通知します。口頭でも効力は生じますが、通知が到達した日が減額の効力が生じる日となりますから、到達日を立証するために配達証明付内容証明郵便で行うべきです。一般的なマナーとしては、貸主に対して、上記通知を送付することを事前に知らせておくのがよいでしょう。例えば、次のような内容になります。
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平成○○年○○月○○日付けビル貸室賃貸借契約によって貴社より賃借中の本件貸室の賃料は1坪××,×××円及び共益費は1坪×,×××円(1坪当たりの賃料・共益費の合計金××,×××円)となっておりますが,近年起こった世界金融危機の影響を受けて地価が下落し,同様に賃料相場も下落したことによって,結果として上記賃料等は,現在不相当に高額なものになったと考えております。
つきましては,上記賃料を1坪××,×××円及び共益費を1坪×,×××円(1坪当たりの賃料・共益費の合計金××,×××円)に値下げしていただきたく,本書をもって賃料減額の請求を致します。 
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 ただ、借主が相当であると判断した賃料額を一方的に通知することによって減額の効力が生じるわけではありません。世の中、そんなに甘くはないわけです。結局、請求権行使通知が到達した後も、その賃料額を貸主が承諾するよう協議をします。そして、この協議がうまくいかない場合は、次の調停というステップに進みます。そうすると、請求権を行使する法的意味は、後々判決で減額が認められた場合の効力の発生日を確定することにあります。

 そのような意味で、ステップ1の任意交渉をだらだらとやることは避けるべきで、請求権を行使した後も賃料額について協議することになるわけですから、この請求権を行使した後、協議をすることが賢明です。賃料の減額を求める意思が強固であることを貸主にわかってもらうという意味でも重要です。

(3) 調停(調停前置主義)
 協議をしても合意ができない場合、まず、調停の申立をしなければなりません。

 どうせ協議などできないからという理由で直ちに訴訟を提起するということはできません(調停前置主義)。ここでは、調停委員を介して話し合いが行われ、ここでも合意ができなければ、訴訟を提起します。

(4) 訴訟
 訴訟手続きでも話し合いの機会はありますが、合意ができなければ、判決でもって減額を認めるか、認めるとしたらいくらかが示されます。

 そして、判決で示された賃料額が、上記通知の到達日からの賃料額ということになります。

4 請求権行使後(通知後)に支払うべき賃料の額
 請求権行使後(通知後)において、減額された賃料額を契約上の賃料額として支払うことはできません。なぜなら、減額合意ができない限り、判決が確定して初めて減額の効力が生じるからです。

 結局、借主は、判決確定まで従前通りの額で賃料を支払う必要があるということであり、一方的に減額した賃料を支払う場合は賃料の一部が未払いであるということになり、契約違反(債務不履行)となります。この点、貸主から賃料増額請求があった場合に、借主はその請求額を支払う必要はなく、借主が相当と認める賃料を支払えば契約違反(債務不履行)の問題が生じないことと混同しないようにする必要があります。

 一方的に減額通知した賃料額を支払う場合、債務不履行を理由として貸主から契約を解除されおそれがありますから、減額請求権を行使しても借主は従前通りの額の賃料の支払を継続しなければならないという意味で、資金繰り上の効果が直ちに生じるわけではありません。

 ただし、判決で減額を認められたときは減額請求のあった日から効力が生じ、貸主は判決確定の日までの従来賃料との差額に年1割の金員を上乗せして借主に返還する必要があります。

 なお、貸主の立場からの注意点として、減額された賃料をそのまま受領すると賃料減額請求を認めたもの解釈されるおそれがありますので、必ず賃料の一部として受領するものであることを明示するとともに、不足分についてはこれを督促する必要があります。