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みずほ証券誤発注415億円損害賠償請求訴訟第1審判決


・・・みずほ証券が「61万円1株」の売り注文を「1円61万株」と誤入力して発注し、これに気づきあわてて取り消そうとしたものの、システムに不具合があり取消が執行されず、また証券取引所の職員もこの異常注文に気づきながら売買停止措置を取らなかった結果、わずか10分程度の間に、みずほ証券に407億円の損害が生じたという事件がありましたが、「みずほ証券の軽率さもあきれるが、注文の取消ができないようなシステムを提供し、かつ売買停止措置を取らなかった証券取引所はもっと悪い。」といって、えいや!とどんぶり勘定で損害に対する責任割合を3対7とした判決がでました。・・・

第1 みずほ証券誤発注事件における事実関係とみずほ証券の主張

  平成21年12月4日に、みずほ証券誤発注事件に関する損害賠償請求訴訟の第1審判決が出されました。

  この事件は、まだ記憶に新しいところだと思いますが、平成17年12月8日、ジェイコム株式会社の株式が東京証券取引所(以下、東証)マザーズ市場に新規上場された際に、みずほ証券が委託注文を執行したとき、「61万円1株」の売り注文を「1円61万株」と誤入力して発注し、約10分間の間に当該売り注文が約定した結果、みずほ証券が約407億円あまりの売却損を被ったという事件です。本件事件の直後は、みずほ証券に対してなんととんまな証券会社かという評価がなされ、嘲笑されたのですが、その後、損害が多額になったのは、東証のシステムの不具合が原因であったことが明らかになってきたので、みずほ証券は自己のミスは微々たるものにすぎないとして、東証に対して、売却損にその他の諸々の損害を加えて約416億円の損害賠償を求めて訴えを提起したのが本事案です。

  確かにその事実関係を見るとき、なるほど東証のシステムに一定の状況下において取消注文が実行されないという不具合があったことに間違いはなく、また売買執行に関する管理体制にも問題があることが明らかになってきました。

  そこでまず、当日の事実関係について見てみましょう。誤発注から全ての取引が終了するまで、わずか10分弱の出来事です。

午前9時 取引開始。買い注文が大幅に優勢のため、公募価格であった61万円で買い特別気配を表示。
9時20分 徐々に特別気配を切り上げ、67万2千円を表示。
27分56秒 みずほ証券担当者が、「61万円1株」の売り注文を「1円61万株」と誤発注。
初値672,000円がつく。
以後、3秒おきに対当価格が下降しながら自動執行されていく。
28分頃 東証売買監理グループが本件売り注文を発見、異常注文の抽出基準である5000単位を超えたものであることから、誤発注の可能性があると認識。
29分21秒 みずほ証券が誤発注に気づき、取消注文入力。システム不具合のために取消が実行されず。
29分46秒 東証売買監理グループ担当者が、みずほ証券担当者に誤発注か否かを確認するために電話をかけるが、電話をとったのは担当者ではない従業員であった。
30分頃 東証売買監理グループ担当者が、東証株式総務グループ(売買停止措置を取る担当者)に異常注文があることを伝達 。
31分29秒 14,696株(発行済み株式総数である14,500株とほぼ同数)約定。
32〜33分 東証株式総務グループが、売り注文の取消がなされないことから、売買停止を行う外ないとの共通認識を形成。
33分25秒 43,535株(発行済み株式総数の3倍)約定。
35分25秒 株式総務グループ担当者がみずほ証券に再度電話。
35分33秒 みずほ証券、取消注文が実行されないため、自己勘定により買い注文を開始。
36分頃 株式総務グループ担当者の再度の電話により、誤発注であること、取消が実行されないことを確認。
37分17秒 みずほ証券が467,688株を自己対当し、本件売り注文が消滅。
37分以降 株式総務グループが売買停止を決定するも、売り注文消滅により売買停止措置には至らず。


以上の事実関係を前提にして、みずほ証券は、誤発注による損害はみずほ証券が負担することは当然であるとしても、誤発注に対する取消注文を行ったにもかかわらずこれが実行されたなかったのであるから、取消注文以後に約定した60万8178株から、本件売り注文に対して自ら自己対当させて約定を成立させた46万7688株除く14万0490株に係る売却損403億6370万円(売却代金と買付代金の差額)の損害については東証に責任があるのであって、東証はこの損害を賠償する義務があるという主張行いました。

第2 裁判所の判断
  これに対する裁判所の判断は次の通りです。

1 不具合に関する不完全履行
   東証の市場においては、注文を取消注文により撤回できる制度になっているから、東証は取消処理が執行できるようなシステムを提供すべき義務を負っていたところ、本件システムにおいては本件売り注文の取消が執行されないという不具合があったのだから、東証にその義務の不完全履行が認められる。

2 売買停止措置取らなかった注意義務違反
   法律の規定によれば、東証は、有価証券の取引を公正かつ円滑ならしめるために売買停止権限を与えられ、その適切な行使は、証券市場開設者である東証に課せられた義務である。したがって、単なる誤発注の場合は別にしても、決済不可能な内容の取引が成立し、そうした売買が継続することは売買管理上不適当であることは明らかであるから、売買停止権限の適切な行使の有無を具体的に検討せず、これを行使しない場合は義務違反となる。

   そして、1円という売り注文の価格は経営破綻等がない限りあり得ない価格であり、61万株という数量も誤注文の抽出基準である5000単位を大きく超え、発行済み株式数の42倍というものであって、株式総務グループの担当者は9時30分頃までにはこの事実を認識するともに、なおも売り注文が板上に残ったまま、刻々と約定株式数が増えていく状況にあり、31分29秒頃には発行済み株式数を超える約定が、33分25秒にはその3倍を超える約定が成立したのであるから、この頃までには、借り株による決済などを考慮しても最早決済の可能性は失われたというべき状態に至ったことを認識できたことになる。

  したがって、東証としては、この頃までには、専門的・技術的観点から、他の方法による決済の可能性を実質的・具体的に検討し、その可能性がないのであれば、本件銘柄の売買状況には、市場における円滑な流通を阻害する異常があるものとして、売買停止の判断をすべきであったのに、権限の行使を怠ったものである。

  そして、33分25秒頃までに上記判断を行っていれば、その後の決済やオペレーションの実行に要する時間を1分程度考慮しても、35分頃までには売買停止が可能であったはずであるから、35分を経過した以降も売買停止措置を取らなかったことは義務違反となる。

3 重過失の有無
   ところで、みずほ証券と東証間に締結された取引参加者契約によると、東証の施設を利用したことによって損害を受けても、東証に故意、重過失がない限り免責されることなっているので、本件損害賠償請求においても、故意、又は重過失がない限り、東証は責任を負わない。

   そこでまず、本件売り注文の取消が執行されないという不具合が存したという東証の不完全履行について、故意、又は重過失の有無について検討すると、本件システムを構築、納入したのは富士通であるが、運用テストにおいて不具合が発見されその修正を行ったときに、本件不具合が作り込まれた。この場合、修正に伴う悪影響が他の部分に出ないかどうかを検証する目的のテスト(回帰テスト)を行うべきものとされており、その一次的責任者は富士通であるが、東証にもこれを確認することが求められたもののその確認を行った事実はないから、ここにおいて東証にも注意義務違反がある。

  ただ、本件不具合の発見が容易であったということはできないから、本件不具合を東証が見逃してしまったことをもって直ちに東証に重過失があるとまではいえない。

   ただ、東証は、本件売り注文のような注文があったときに取消注文が執行されないシステムを取引参加者に提供した上、株式市場の運営を担ってきた東証の従業員としては、その株数の大きさや約定状況を認識し、それらが市場に及ぼす影響の重大さ容易に予見することができたはずであるのに、この点についての実質的かつ具体的な検討を欠き、これを漫然と看過するという著しい注意欠如の状態にあって売買停止措置を取ることを怠ったのであるから、東証には人的対応を含めた全体としての市場システムの提供について、注意義務違反があったのであり、このような欠如の状態には、故意があったというものではないが、これにほとんど近いものといわざるをえないから、重過失があったというべきである。

   以上から、東証は、午前9時35分以後の損害については、重過失に基づく損害賠償義務があり、それ以前の損害については、本件免責規定により免責されることになる。

4 過失割合
  みずほ証券は、本件誤発注により、買付代金相当額と売却代金総額との差額約407億円を支払って決済したところ、自己対当により処理した分と午前9時35分以前に約定した分を除いた差額分である約150億円が損害賠償の対象となる。

   ただ、みずほ証券ないしその従業員には、株数と株価を間違えるという初歩的ミスをした上、警告表示を無視するという著しく不注意な発注操作があっただけでなく、そのような事故を防ぐ発注管理体制等にも不備があったのだから、その過失も重大である。そして、東証の上記重過失との対比において、その過失割合は、みずほ証券3割、東証7割とすべきであり、したがって、東証が賠償すべき金額は、約105億円となる。

  (尚、損害額の計算に関しては、判決書からでは判然としない部分があります。判決書では自己対当分と午前9時35分以前に約定した分を除外すると差額分は150億円になるといっていますが、みずほ証券は自己対当させた約46万株を除いた14万株に係る売却損が約403億円であるという主張を行っており、なぜ裁判所がこれを150億円としているのかよくわかりません。)

第3 勝敗に関する評価
   本事案は、当初は、「61万円1株」の売り注文を「1円61万株」と誤入力して発注して約407億円あまりの売却損を被った、なんとまぬけな証券会社かという趣旨の報道がなされ、みずほ証券が物笑いにされた事件です。

   ところが、その後事実関係が明らかになってくると、みずほ証券は誤発注に気づき取消注文が入れたものの、証券取引システムの不具合のために取消注文が執行されなかったことが明らかになり、東証自身も、注文を取り消せないというのは本来ありえないシステムであることを認めるに至りました。そして、みずほ証券は、約407億円の損害中、取消注文を出す以前に約定した分の損害額は約3億円を見積もっており、そうすると407億円中404億円はシステムの不具合に起因するもので、みずほ証券はむしろ被害者であるという主張を行うようになりました。

   さらには、こんなできそこないのシステムを構築、納入したシステム・インテグレーターは誰かということになり、それが富士通であるとわかると、富士通が嘲笑の対象になるといった経過をたどりました。ただ、損害賠償の具体的な話は、みずほ証券と東証との間で行われ、東証とみずほ証券の間にある取引参加者契約によれば、東証に故意、重過失がない限り損害賠償責任を負わないという取り決めがあったため、東証は上記の通り、証券取引システムに取消注文の執行ができないという不具合があったことは認めたものの、そこでの東証の注意義務違反は軽過失であり重過失とはいえないから、基本的には損害賠償義務はないという立場に立ったために、みずほ証券が提訴したという経緯です。

   本判決の内容については、「東証には人的対応を含めた全体としての市場システムの提供について、注意義務違反があったのであり、このような欠如の状態には、故意があったというものではないが、これにほとんど近いものといわざるをえない。」という判示部分が強調して報道されたために、東証たるものが単なる過失ではなく、故意と同視しうる重過失があったことを理由に損害賠償責任を課せられたという理解がなされ、東証とはなんと杜撰でいい加減な市場システムの運用をしているのかということになり、その信用も地に落ちることになりました。

   ところが、東証は、この屈辱的とも思われる判決内容を受け容れ、控訴しないことを直ちに表明しました。この方針を意外に受けとめた方も多いのではないかと思いますが、本判決の内容は、わかる人が読めば、東証ほぼ勝訴、みずほ証券ほぼ敗訴という内容と評価できるのであって、その後みずほ証券が控訴したのもうなずけるところです。

   すなわち、みずほ証券の主張は、その見積もりによれば、みずほ証券が取消注文を出す前に約定した分に関する損害は約3億円にすぎないのであり、取消注文が直ちに執行されさえすれば残りの約404億円の損害は発生しなかったのだから、誤発注したみずほ証券が負担すべき損害は約3億円であるというものですから、105億円の損害賠償しか認めなかった本判決(当初から東証は数十億の賠償は行うとの提案を行っていたと報道されています。)は、敗訴に近いものということになります。

   しかも、判決の裏を深読みすれば、実は、本裁判は、平成18年10月27日に提起され、平成20年12月19日の第13回口頭弁論をもって結審し、判決言い渡し期日が平成21年2月27日に指定されました。ところが、その後、裁判所は、判決言い渡し期日を取消し、口頭弁論を再開し、東証の株式総務グループのリーダーに対する証人尋問を実施した後、平成21年9月25日開催の第15回口頭弁論期日をもって再度、口頭弁論を終結し、平成21年12月4日に本判決を言い渡しました。そして、上記再開後に行われた証人調べは、まさに本判決において裁判所がみずほ証券を勝訴させた理由(東証が売買停止措置を取らなかったのが重過失になる)に関する証人尋問であることからすれば、みずほ証券は本来これを自己の損害賠償請求の根拠にしていなかった可能性が高く、この部分でみずほ証券を一部勝訴させるために裁判所が主導して弁論を再開して、証人尋問を行ったように見受けられます。そうすると、端的にいうと、みずほ証券(その代理人)は、裁判所に助けられて一部勝たせてもらったというのが実際ではないかと思われます。

   そうであれば、みずほ証券は、到底本判決に承服することはできず、控訴するのは当然ということになります。

   これに対して、東証は、不具合により本件取消注文が執行されないというシステムを提供してしまったことに過失があることは当初から認めてきたところであって、何らかの損害賠償責任は負担するつもりであったところ、故意に近い重過失があったといって裁判所から激しく糾弾されたものの、みずほ証券もその軽率さ、管理体制がなっていないことも相当程度非難されていることからして、この点は痛み分けに近い内容であるとともに、賠償金額もかなり減縮されており当初予定していた額に比較しても受け容れ可能な額であったと思われ、ほぼ勝訴という評価ができたものと思われます。また、システム障害が判明して以降、東証は、本件システムの構築者である富士通に対して、その損害を補填するよう要求してきたものと思われます。もちろん東証と富士通の間には、取引参加者契約と同じように、その責任を免責、もしくは制限する内容の契約となっていることは、シシテム・インテグレーション契約ないしこの業界の常識であり、しかも納入後相当年数が経過していることからすると、仮に何らかの責任条項をあったとしても期間による制限(例えば、瑕疵担保責任は1年というようなもの)の適用もあったはずです。ただ、本件事故においては、法的観点を別にすると、東証と富士通の間では、富士通が東証に対しひたすら頭を下げるという関係にあることは明かですし、後述する東証の新世代システムも富士通が受注して構築していたという関係からすれば、契約文言の記載にかかわらず当然富士通が責任を負担するという合意がなされたであろうことは想像がつきます。そうすると、東証には、金銭的な負担はそれほどないということになるかと思われます。したがって、早期の収束宣言ということになったわけです。

第4 本判決は、大岡裁きか
  本判決は、東証が午前9時35分以降、売買停止措置をとらなかったことなどを理由に、故意に近い注意義務違反があるなどといって厳しく糾弾しています。しかしながら、これには違和感を感じる方も多いのではないでしょうか。

  本判決のいうところは、東証は、9時30分頃までには本件売り注文が異常なものであることを認識し、31分29秒頃には発行済み株式数を超える約定が、33分25秒にはその3倍を超える約定が成立したのであるから、この頃までには、売買停止措置をとるべきとの判断をすべきであり、その後に決済や停止措置の実行に要する時間を1分程度考慮しても、35分頃までには売買停止が可能であったはずであるから、35分を経過した以降も売買停止措置を取らなかったことは義務違反になるというのです。すなわち、30分に異常を認識し、その5分後には決済等の手続きもすませて停止措置をとらないと、軽過失ではなく、故意に近い重過失になるというものなのですが、いかがでしょうか。

  東証は、37分には停止措置を取ろうとしていますが、仮にみずほ証券が自己勘定で対当させる処理が遅れ、37分に停止措置をとっていたらなら、裁判所は2分間遅れたことに重過失があるという評価をしたのでしょうか。また、過失があったとしても、これだけ短時間の内に停止措置をとらなかったことをもって、故意に近い重過失があるなどという評価には違和感があります。しかも、上述した通り、みずほ証券が本件争点をどれだけ重視して主張・立証を行っていたかは疑問です。みずほ証券(その代理人)は、この部分が重過失と評価されて請求が一部認められる根拠になるとは思っていなかったのではないかと思われ、むしろ裁判所の主導で争点化されものと思われます。

  このような裁判所の判断は、次のような利益考量に基づくものと思われます。すなわち、みずほ証券と東証間においては上述したような責任制限規定がありますが、そうかといって、取消注文が執行されないなどというあまりにも重大な不具合があるシステムを提供していた東証に対して全く免責とすることは、いわゆる社会常識的な感覚としてあまりにも座りが悪く、みずほ証券に対して一定の救済がなされるべきであるという判断が裁判官の考え方の根底にあったものと思われます。

  そのためには、責任制限規定がある以上、東証に重過失があっといわなければなりません。ただ、本来システム構築者の富士通の責任である不具合に関し、東証がこれを発見して修正を要求しなかったことをもって、東証の重過失であるというのは説得力がありません。富士通が東証の履行補助者であり、富士通の重過失=東証の重過失という理屈も場合によってはなりたちえますが、その場合、取引参加者に対するシステムの提供に関し、富士通が東証の手足として東証の義務を履行しているという関係が必要となりますが、富士通が東証との関係で主体性のない補助者というのも理屈に無理があります。

  したがって、裁判所としては、こうした不具合のあるシステムを提供しつつ、売買停止措置をとらなかったことをもって重過失があったというのが最も適当であると考えて、この部分を根拠にみずほ証券を一部救済したということでしょうか。これをもって大岡裁きというか、説得力のない判決というか、評価は分かれるでしょう。
なお、本件事故の最大の責任者は富士通であることは間違いないでしょう。なぜ、日本の誇るスーパー・インテグレーターがこのような単純ミスをするのか不思議に思われるかもしれませんが、大規模なコンピュータ・システムにおいてこうした単純ミスにより不具合が発生することは日常茶飯事です。私も、ネット証券の立ち上げ時に導入した証券会社内のコンピュータ・システムに多くの不具合があり、そのために対顧客との関係で多額の損害補填義務が生じた案件で証券会社代理人を務め、富士通と同様なスーパー・インテグレーターに対して損害賠償請求を行った経験がありますが、その際の不具合の数の多さと、また最悪なものとして金銭残高の表示が変更されるという金融システムとしてあってはならない不具合があるのを見たとき、ほんとうに驚いたものでした。人間のなせる技とは所詮こんなものかと思いました。ただ、いずれにしても、スーパー・インテグレーターはその契約書において、不具合から生じる損害賠償責任をほぼ免責される内容の契約を行っており、またわずかに負担する責任も短期間で消滅する内容になっています。したがって、この意味で最大の責任者にである富士通に対して責任追及するには多大な障害がありますし、さらに、本件ではそもそも、みずほ証券と富士通間には契約関係はありませんから、なおさらその責任を追及することは困難です。

第5 裁判というものは、ざっくりで、どんぶり勘定
   読者の皆様は、裁判というものは、精緻な理論構成と精緻な事実認定に基づき、1円単位の金額にも精緻な根拠があるように思われているかもしれません。

   しかし、この判決を見るとき、裁判というものがいかにざっくりで、どんぶり勘定かが理解できるかと思います。

   たとえば、本判決では、「午前9時31分29秒頃には発行済み株式数を超える約定が、33分25秒にはその3倍を超える約定が成立したことを認識でき、この頃までには、借り株による決済などを考慮しても最早決済の可能性は失われたというべき状態に至ったことになる。」などといいますが、なぜ2倍ではなく、3倍を超えた時点なのかについては全く理由がありませんし、理由のつけようがないでしょう。

   さらに、「33分25秒頃までに上記判断を行っていれば、その後の決済やオペレーションの実行に要する時間を1分程度考慮しても、35分頃までには売買停止が可能であったはずであるから義務違反ある。」といいますが、1分という時間に根拠がないのみならず、1分経過すれば34分25秒であるはずなのに、35分頃までには売買停止が可能であったという判示内容も根拠がないのです。

   加えて、過失割合については、東証に重過失があることを認めながら、「ただ、みずほ証券ないしその従業員には、株数と株価を間違えるという初歩的ミスをした上、警告表示を無視するという著しく不注意な発注操作が行われただけでなく、そのような事故を防ぐ発注管理体制等にも不備があったのであって、その過失も重大であるから、東証の上記重過失の対比において、その過失割合は、みずほ証券3割、東証7割とすべきである。」といいますが、この3対7という割合も精緻な根拠があるわけではありません。

   これを分単位はもちろんのこと秒単位で違った判断をしたり、過失割合を1割とか、5分という割合で異なる判断をすることによって数億円単位で賠償金額が異なってくるのですが、その判断と根拠はえいや!という判断であり、どんぶり勘定なのです。裁判官の胸先三寸で、数億円の単位の金額が違ってくるわけです。

第6 arrowhead(アローヘッド)と本件事故
  この判決が出された約1ヶ月後の平成22年1月4日、東証は、次世代株式売買システムarrowhead(アローヘッド)を稼働させました。なお、このシステムも富士通が構築して、納入しています。

  アローヘッドは、既存のシステムに比較して、高速性、信頼性、拡張性、透明性を格段に進歩させた世界最高水準の取引所システムだということです。

  特に、高速性に関しては、5ミリ秒(1ミリ秒は1秒の1000分の1)の注文応答時間、3ミリ秒の情報配信スピードを実現しているとされています。

  この最新鋭の次世代株式売買システムが無事稼働したことは大変に喜ばしいことではありますが、本件事故がアローヘッドにおいて生じたらどうなったのでしょうか。

  アローヘッドは、5ミリ秒(1ミリ秒は1秒の1000分の1)の注文応答時間で注文の処理するというのですから、みずほ証券は、取消注文を出す時間もなく、自己対当させる時間もなく、全てのご注文があっという間に約定して損害が発生してしまったということになるのでしょうか。