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既に大勢は決した−更新料無効裁判の帰趨
支払った更新料は取り戻せるか



  「更新料の支払いを義務づけた賃貸借契約の条項は、消費者契約法に反し、無効。」
  「家主は、更新料の請求ができないのはもちろん、これまでに受領した更新料を賃借人に返還する義務がある。」

  これが、最近、立て続けに出されている更新料の支払義務に関する判決の内容です。違和感を覚える人も多いでしょう。
  消費者契約法に反した契約をする事業者などは相当あこぎな事業者であって、自分たちは無縁であると思っていた普通の大家さんが、このようなリスクに晒されています。
  本稿では、この一連の判決の内容に関し解説します。

1 判例の変遷
  平成21年7月に京都地裁で更新料規定を無効とする判決が出たときは、随分消費者サイドに偏った判決を出す裁判官もいるものだなという印象を持ちましたが、高裁判決もこれに追随し、その後これを有効とする別な高裁判決が出て揺れ戻しがあったものの、平成22年になってから、立て続けに無効とする判決が出されています。
  これを時系列に並べると、以下のようになります。
平成17年年10月  東京地裁判決  有効
     同20年1月  京都地裁判決  有効
     同21年3月  大津地裁判決  有効
          7月  京都地裁判決  無効
          8月  大阪高裁判決  無効
              (同20年1月の京都地裁判決の控訴審)
          9月  京都地裁判決  無効
              (数件同時に言い渡し)
         10月  大阪高裁判決   有効
              (同21年3月の大津地裁判決の控訴審)
      10年2月  大阪高裁判決   無効
              (同21年9月の京都地裁判決の一部の控訴審)
          5月  大阪高裁判決   無効
              (同21年9月の京都地裁判決の一部の控訴審)

2 判決の内容
   当初の無効判決の内容などはまだ議論の余地があって、反論も十分可能であり、どちらの方向で判例が固まるのか、まだまだ予測ができないというものでした。
   ところが、その後の訴訟において議論が深化し、平成22年5月の判決では、制度の合理性に関する大家側の主張をけちょんけちょんにやっつけており、今後も反論の余地は少ないかなと思います。
  そうすると、今後は、個人との間で締結される居住用の建物の賃貸借契約(要するに、消費者との賃貸借契約)において、更新料を支払うとの合意をしても無効であり、かつ消費者契約法の施行期日である平成13年4月1日以降に更新料を受け取ってきた大家さんは、これを返還しなければならないことになります。 この話を聞くと皆様の脳裡に浮かぶのは、過払金の返還請求ではないでしょうか。これは、以前は任意に支払われたグレーゾーン金利は有効であり、貸金業者は返還する義務はないとされてきていたものが、平成18年に出された最高裁判決により、その任意性が否定されて返還義務があると判例変更がされたために、多重債務者を代理して、弁護士等が組織的に過払金返還請求権を行使していることです。
  更新料もこれまでは有効とされ、巷で広くその授受が行われてきましたので過払金返還請求と同じような事象が、今後出てくるのではないかという予想があります。
  ただ、更新料の場合は、過払金返還請求の額と比較して低額な事案が多いと予想されますし、返還請求の相手も、過払金の場合は大手のサラ金業者が中心であったのと比較して更新料の場合はバラバラですので、過払金返還請求ほどの組織だった返還請求は起こらないと思われます。ただ、大手の不動産会社などが、所有する多数のワンルームマンションなどを賃貸したり、一括借り上げしてサブリース事業をしている場合などは、ターゲットになると思われます。

3 高裁判決の判示内容
   そこで、ワンルームマンション(25・75㎡、1K)の大家さんの主張をけちょんけちょんにやっつけている高裁判決の判示内容を簡単に説明します。
   なお、契約内容は、賃料月額53,000円、共益費月額5,000円、期間2年、更新料106,000円、更新手数料15,000円で、更新手数料は管理業者が取得することになっており、賃貸人は60歳を超える個人で、賃借人は法科大学院の学生です。

(1) 事実認定と更新料の合理性の判断
    まず、判決は、事実認定と更新料の合理性の判断について、以下のように判示しています。
【1】 更新料制度は地価高騰期に始まったものであり、正規の法律手続である賃料増額請求権を行使せずに、脱法的に賃料の値上げを図ったものである。
【2】 地価の高騰がおさまっても、賃貸人や管理業者にとってうまみのある更新料制度は改められなかった。したがって、不合理な制度として存続しているものである。
【3】 使用収益の期間と更新料は対応していないので、賃料の補充としての性質は認められない。
【4】 賃貸用の収益物件に関し、更新時に自己使用の必要性などの更新拒絶の正当事由が存在するということはおよそ考えられないので、更新拒絶権の放棄の対価ということもできない。
【5】 更新料の支払条項は、首都圏、愛知、京都等においてみられるが、全国的にみると決して一般的なものではなく、社会的に承認がえられているということはできない。
【6】 国土交通省の標準契約書等にも更新料の条項はなく、その意味でも社会的な承認があるとはいえない。
【7】 以上から、更新料制度は一部の地域において存続している不合理な慣行であり、社会的な承認が得られた制度などとは到底いえず、賃借人の利益を犠牲にし、賃貸人や管理業者の利益確保を優先した不合理な制度である。

(2)消費者契約法の適用の成否
   以上のような判断を前提として、消費者契約法の適用の成否について、次のようにいいます。
   なお、消費者契約法は、平成13年4月1日から施行されている法律で、消費者と事業者間の情報の質及び量、交渉力等の格差にかんがみ、消費者の擁護を目的として制定された法律で、事業者と消費者間で契約が締結されたときにおいて、合意された条項の内容が、民法などの法律の適用があった場合と比較したとき、消費者の権利を制限し、または義務を加重する条項となっており、かつその内容が信義誠実の原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とすると規定しています。
  したがって、消費者契約法の上記条項の適用があって契約条項が無効となるためには、【1】契約が事業者と消費者間の契約であること、【2】民法などの法律の適用があった場合と比較したとき、消費者の権利を制限し、または義務を加重する条項となっており、【3】その内容が信義誠実の原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの、である必要があります。

【1】の要件について
  本件の賃貸人は営利目的でワンルームマンションを賃貸しているのだから事業者であり、賃借人は居住のためにこれを賃借した個人であるから消費者であって、消費者契約法の適用の前提がある。
【2】の要件について
  更新料条項は、民法の定める賃料支払義務に加えて、賃借人に合理性のない更新料の支払いを求めるものであるから、賃借人に義務を加重する条項である。
   さらに、借地借家法の規定との関係でいえば、更新料を支払わなければ更新がされないのだから、法定更新の要件を加重するものであり、従って賃借人の義務を加重するものである。
【3】の要件について
  更新料制度は、賃借人の利益を犠牲にし、賃貸人や管理業者の利益を優先する不合理な制度であること、制度自体においてメリットよりデメリットが多いこと、賃借人は情報力や交渉力が著しく劣っていたこと、更新料条項が無効とされても賃貸人の不利益が大きいとはいえないことなどを総合すると、信義誠実の原則に反し賃借人の利益を一方的に害するものであるということができる。
【4】結論
  よって、更新料条項は無効である。

3 感想
   これら一連の更新料条項を無効とする判決は、弱者である消費者の擁護に重きを置いた温情味のある判決で、関西でなけらば出なかった判決ででしょう。
  東京の裁判所、特に東京高裁の裁判官は、非常に官僚的で、消費者であっても一人前の合理的な人間であるべきであるといった価値観をもった裁判官が多いように思われます。したがって、東京高裁では、本件のような判決は出なかったと思われるのです。
  上記大阪高裁の判決では、【3】の要件の判断に際し、要旨、次のようにいっています。

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  当初の2年間の月額賃料の安さ(更新料を受領することを前提に賃料を低額に設定)に目を奪われて、更新料の支払いはなんとかなるだろうと安易に考え、2年後に更新料が払えなくなって退去せざるをえなくなったり、無理して更新料を工面することによって生活破綻に追い込まれる可能性があるなど、メリットよりデメリットが多い。
  賃借人は法科大学院の入学が内定していた24歳の社会人であり、アルバイト勤務をしていた。アルバイト先の仕事が繁忙であり、本物件を決定するに際しても、何の予備知識もないまま不動産屋に飛び込み、賃貸条件など十分な検討もしないまま契約した。
  ところで、インターネットや情報誌等で情報の取得が容易であり、契約時にも更新料条項を含めた重要事項の説明も受けているし、また賃貸物件も有り余っており、物件を探すのが困難な状況にもなかった。さらに大学の法学部を卒業し、法科大学院に入学直前の社会人であり、アルバイトをして社会経験も積んでいた。
  しかし、一般大衆である消費者は、賃貸物件の内容や賃貸条件を時間をかけて吟味することは少ないし、説明を鵜呑みにして決めている者が多数いるのが実情である。したがって、更新料条項を含む賃貸条件を十分に検討もせずに物件を決定した賃借人の落ち度を一方的に責めるのは酷である。
  他方、賃貸人は、管理業者の有する専門的知識を最大限に活用して契約への誘引や交渉を行っている。
  そうであれば、情報力、交渉力の格差が著しかったと認めることができる。
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 上記判示内容は、もう法律解釈論ではなく、価値観の問題です。読む人によってはとても説得力がある内容ではないでしょう。
  ただ、消費者契約法の上記条項の適用の成否の問題は別にして、更新料制度自体が合理性がないという判示内容に関しては、それなりの説得力があり、この部分は賛同できる人が多いのではないかと思います。したがって、今後も合理性の立証が不可能であり、かつ大阪高裁がすでに方向性を決めてしまったことを考えるとき、上記価値判断の部分で最高裁が高裁判決をひっくりかえすことは考えにくいところです。
  そうすると、大勢は決したと言うことになるでしょう。