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取締役の善管注意義務違反(取締役の裁量の範囲)1
子会社を完全子会社にするために適正価格の5倍の価格で株式を買い取った事例
(最高裁平成22年7月6日判決)



 取締役は、会社に対し、その任務を怠ったことにより生じた損害を賠償する責任を負います。すなわち、会社に対する善管注意義務違反・忠実義務違反があるときは損害賠償義務を負うことになります。
  ただ、取締役の上記義務違反の存否に関する基準としては、取締役の業務執行は、不確実・流動的な状況の下で迅速な判断を迫られことなどから、取締役を不当に萎縮させることのないようにするため、広い裁量が認められるべきとであると考えられています。
  これを「経営判断の原則」といい、本事案での高裁判決もこれを次のようにいっています。
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株式会社の取締役の経営上の判断は、将来の企業経営の見通しや経済情勢に対する予測に基づく判断を含み、かつ、その予測は、事柄の性質上、不確実なものであって、企業を取り巻く情勢の変化等により、事前の予測を超える事態が発生することは不可避であることに照らすと、経営者としての裁量的な判断であるというべきであるから、取締役としての善管注意義務に違反するかどうかは、このような経営上の判断の特質に照らすと、その判断の前提となった事実の調査及び検討について特に不注意な点がなく、その意思決定の過程及び内容がその業界における通常の経営者の経営上の判断として特に不合理又は不適切な点がなかったかどうかを基準とし、経営者としての裁量の範囲を逸脱しているかどうかによって決するのが相当である。
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  この判示内容に関しては、通説・判例といってよい判断基準であり、現在取締役である人、またこれから取締役に就任する人はきちんと頭に入れておいた方がよいでしょう。
  すなわち、その判断は、業務執行当時の状況に照らし合理的な情報収集・調査・検討等が行われ、その結果なされた判断が通常の経営者としての判断として特に不合理又は不適切な点がなかったかを基準に行われるべきであり、事後的・結果論的な評価がなされてはならないということです。
  そうであれば、具体的な法令違反があるなどの場合を除き、経営判断に関する適否に関してはよほどの例外的な場合でない限り損害賠償義務が発生することはないということになります。
  ただ、この抽象的な基準に関し大きな争いはないにしても、この基準を実際に適用するあたり、判断が分かれたのが本事案です。
  以下においては、高裁の判断内容と、これに対する最高裁の判示内容を説明しましょう。
1 事実関係
   まず、本件の事実関係は以下の通りです。
(1) 親会社は,対象子会社を含む傘下の子会社等をグループ企業として,フランチャイズ事業等を展開しており、平成18年9月期時点で,連結ベースで総資産約1038億円,売上高約497億円及び経常利益約43億円の経営規模を有していた。
(2)親会社は,対象子会社の約66.7%に相当する株式を保有していた。
(3)親会社は,機動的なグループ経営を図り,グループの競争力の強化を実現するため,親会社を持株会社とする事業再編計画を策定し,平成18年5月ころ,同計画に沿って,関連会社の統合,再編を進めていた。対象子会社については,別の子会社と合併する計画であった。
(4) 親会社では,社長の業務執行を補佐するための諮問機関として,役付取締役全員によって構成され,親会社及びその傘下のグループ各社の全般的な経営方針等を協議する経営会議が設置されているが、上記合併に関してもここで協議された。
  そして,その席上,① 対象子会社を合併前に完全子会社とする必要があること,②その方法は、会社の円滑な事業遂行を図る観点から,可能な限り任意の合意に基づく買取りを実施すべきであること,③ その場合の買取価格は払込金額である5万円が適当であることなどが協議され、決定された。また、この協議内容について助言を求められた弁護士は,基本的に経営判断の問題であり法的な問題はないこと,任意の買取りにおける価格設定は必要性とバランスの問題であり,合計金額もそれほど高額ではないから,対象子会社の株主である重要な加盟店等との関係を良好に保つ必要性があるのであれば許容範囲である旨の意見を述べた。
(5)任意の買取に応じない株主に対する対応の手段である株式交換に備えて、監査法人等2社に依頼して算定した対象子会社の株式評価額は1万円前後であった。
(6)親 会社は,本件決定に基づき,1株当たり5万円,代金総額1億5800万円で買い取った(一部任意の買取に応じなかった株主がいた。)。

2 高裁の判示内容
   高裁の判示内容は、以下の通りです。
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  本件買取価格は,対象子会社の株式1株当たりの払込金額が5万円であったことから,これと同額に設定されたものであり,それより低い額では買取りが円滑に進まないといえるか否かについて十分な調査,検討等がされていないこと,既に対象子会社の発行済株式の総数の3分の2以上の株式を保有していた親会社において,当時の状態を維持した場合と比較して対象子会社を完全子会社とすることが経営上どの程度有益な効果を生むかという観点から検討が十分にされていないこと,本件買取価格の設定当時の対象子会社の株式の1株当たりの価値は株式交換のために算定された評価額等から1万円であったと認めるのが相当であること等からすれば,本件買取価格の設定には合理的な根拠又は理由を見出すことはできず,親会社の取締役らは,取締役としての善管注意義務に違反して,その任務を怠ったものである。

2 最高裁の判示内容
   最高裁の判示内容は、要旨、次の通りです。
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   高裁の上記判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。
   前記事実関係によれば,本件取引は,対象子会社を別な子会社に合併して不動産賃貸管理等の事業を担わせるという親会社のグループの事業再編計画の一環として,対象子会社を親会社のの完全子会社とする目的で行われたものであるところ,このような事業再編計画の策定は,完全子会社とすることのメリットの評価を含め,将来予測にわたる経営上の専門的判断にゆだねられていると解される。そして,この場合における株式取得の方法や価格についても,取締役において,株式の評価額のほか,取得の必要性,参加人の財務上の負担,株式の取得を円滑に進める必要性の程度等をも総合考慮して決定することができ,その決定の過程,内容に著しく不合理な点がない限り,取締役としての善管注意義務に違反するものではないと解すべきである。
  以上の見地からすると,親会社が対象子会社の株式を任意の合意に基づいて買い取ることは,円滑に株式取得を進める方法として合理性があるというべきであるし,その買取価格についても,対象子会社の設立から5年が経過しているにすぎないことからすれば,払込金額である5万円を基準とすることには,一般的にみて相応の合理性がないわけではなく,親会社以外の対象子会社の株主には親会社が事業の遂行上重要であると考えていた加盟店等が含まれており,買取りを円満に進めてそれらの加盟店等との友好関係を維持することが今後における親会社及びその傘下のグループ企業各社の事業遂行のために有益であったことや,非上場株式である対象子会社の株式の評価額には相当の幅があり,事業再編の効果による対象子会社の企業価値の増加も期待できたことからすれば,株式交換に備えて算定された対象子会社の株式の評価額や実際の交換比率が前記のようなものであったとしても,買取価格を1株当たり5万円と決定したことが著しく不合理であるとはいい難い。そして,本件決定に至る過程においては,親会社及びその傘下のグループ企業各社の全般的な経営方針等を協議する機関である経営会議において検討され,弁護士の意見も聴取されるなどの手続が履践されているのであって,その決定過程にも,何ら不合理な点は見当たらない。
  以上によれば,本件決定についての取締役の判断は,親会社の取締役の判断として著しく不合理なものということはできないから,善管注意義務に違反したということはできない。
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 要は、取締役の経営判断の裁量は相当に広いものであり、その決定過程及び判断内容に関し著しく不合理な点がない限り、善管注意義務違反の問題は生じないというものです。
  本件においては、株価算定の理論に基づき算定された適正価格は1万円前後であったことは争いのないところであるところ、高裁判決はこれを前提に、発行価格より低い額では買取りが円滑に進まないといえるか否かについて十分な調査,検討を行うべきであり,また合併決議の要件である発行済株式の総数の3分の2以上の株式を保有しているのに,対象子会社を完全子会社とすることが経営上どの程度有益な効果を生むかを十分に検討すべきなどというのですが、まさか1万円前後の価格を対象子会社の株主に提示してアンケート調査をするわけにもいかないでしょうし、1億5千万円程度を拠出して完全子会社化する場合とこれを行わないで少数株主の存在を前提にその対応を行いつつ企業再編を進める場合を比較し、完全子会社化した場合の効果を検討することなどが司法判断になじむとも思われません。やはり、高裁判決の判示内容には違和感のあるところではないでしょうか。