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年金払いの生命保険金に対する所得税の課税が違法とされた事例
なぜあったり前のことが最高裁までかかるのか、「裁判官があほやから裁判ができへん」という一事例
(所得税更正処分取消請求事件 最高裁平成22年7月6日判決)



 本件は,死亡した夫が締結していた年金払特約付きの生命保険契約に基づき、夫の死後第1回目の年金を受領した妻が、当該年金の額を収入金額に算入せずに所得税の申告をしたところ,長崎税務署長から当該年金の額は妻の雑所得であるという内容の更正(税務署長が強制的に行う申告内容を訂正する処分)を行ったというものです。
  その争点は、受領した年金は,相続税法が相続財産とみなして相続税の課税対象としている保険金に該当するものであるから,相続税の支払を行えば課税関係は終了するとはずであるという妻の主張と、受領した年金は相続した保険金(法的には年金受給権)とは別個の所得であって再度所得税の課税対象となる(二重課税にならない)という税務署(国)の主張のどちらが正しいかというところにあります。
  このような言い方をするとなにやら複雑な争点のように思えますが、実際は実に単純な話で、保険金を一時金として受領した場合は相続税の対象となるだけなのに、年金払いとした場合は、相続税の課税対象となるだけでなく、毎年実際に支払われる年金が今度は所得税の課税対象になるのかという問題です。
  一般的な常識人が考えれば、税務署(国)の主張は二重課税そのものではないかという判断をするはずですが、税務署(国)は、相続時に取得するのは年金受給権という権利であり、この受給権の経済的価値がまず相続税課税の対象となり、その後現実に年金が支払われた場合、この現実に支払われた年金は相続税の課税対象となった年金受給権とは別個なものであって、この支給額は所得税の課税対象となるという実務慣行を作り上げていました。そして、長崎地裁が、経済的価値の実体が同一であるにもかかわらず、年金受給権と年金は異なるなどという馬鹿な理屈があるかというまっとうな判断をして妻の主張を認め、税務署(国)の主張を排斥したにもかかわらず、高裁は、しつこく屁理屈をこねる税務署(国)側の主張を認めて妻の逆転敗訴判決を言い渡しておりました。それが、今回の最高裁判決で至極まっとうな判断にもどったという結果になりました。
  本件の係争額は、細かい税額計算は私にはできませんが、20万円を切る金額であり、しかも第1審の判決書を見る限りこの妻に代理人は就いていないようであって(これに対して、国側は指定代人と言われる人が、7,8名ぞろぞろと裁判所に出頭してくるのが一般です。)、少なくと第1審においては本人がみずから訴訟をしたかのように見受けられます。正に、立派な世直し訴訟といえるものです。
  ただ、なぜこのような実務慣行がまかり通り、また高裁の3名の裁判官がこのような屁理屈を真顔で正しいなどと判示するのでしょうか。実はこうした裁判所の判断はよくあることであり、我々弁護士の勝手でいえば、「裁判官があほやから裁判ができへん」という事案は数多くあるのです。

 以下においては、高裁の判断内容(税務署(国)の主張)と、これに対する最高裁の判示内容を説明しましょう。

1 高裁の判示内容
   高裁の判示内容は、以下の通りです。
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  所得税法は,相続により取得し又は取得したものとみなされる財産について,相続税と所得税との二重課税を排除する趣旨の規定を置いている。そして、相続税法により相続により取得したものとみなされることになっている(遺産と同様に扱われる)「保険金」(所得税が課せられない保険金)とは保険金請求権を意味し,本件では年金受給権がこれに当たるが,年金受給権に基づき受領する本件年金は,本件年金受給権に基づいて発生する支分権に基づいて妻が受け取る現金であり,本件年金受給権とは法的に異なるものであるから上記の「保険金」に当たらず,所得税法にいう非課税所得に当たらない。
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 結局、何を言いたいかというと、①相続により取得され又は取得されたとみなされる財産は年金受給権であって、保険金という金銭そのものではない、②したがって、相続の段階では、年金受給権の経済的価値に対して相続税が課せられる、③その後年金受給権に基づき年金を受領したならば、それは相続とは無関係に、年金受給権を取得したこととは別の経済的利益を得ているのだから、これに対しては、雑所得として所得税の対象となるといっているのです。
  ただ、まともな思考をする人は、まさに「年金受給権の経済的価値」=「将来に受領できる年金の現在価値」なのですから、実体の同じ取得財産に二重に課税していることになるはずです。これをそうではないという国の主張や高裁の判示内容は屁理屈そのものです。

2 最高裁の判示内容
   最高裁の判示内容は、要旨、次の通りです。
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  高裁の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
  所得税法が二重課税をしない規定を置いている趣旨は、相続税の課税対象となる経済的価値に対しては所得税を課さないこととして,同一の経済的価値に対する相続税と所得税との二重課税を排除したものであると解される。
  そして,年金の方法により支払を受ける保険金(年金受給権)については所定の計算式に算出された金額が年金受給権の価額として相続税の課税対象となるが,この価額は,年金受給権の取得の時における時価,すなわち,将来にわたって受け取るべき年金の金額を被相続人死亡時の現在価値に引き直した金額であり,この金額は相続税の課税対象となる経済的価値と同一のものということができ,所得税法により所得税の課税対象とならないものというべきである。