トピックス

平成22年4月1日施行の改正労働基準法を遵守するために
だらだら残業の防止策

2010/8/18

 改正労働基準法が、平成22年4月1日から施行されています。

 この法律は、長時間労働を抑制し、労働者の健康確保や、仕事と生活の調和を図ることを目的として、労働時間に関する規制内容の見直しを行ったものです。

 その内容は、時間外労働の抑制を目的として割増賃金率を引き上げ、また年次有給休暇の有効活用を促進することを目的として時間単位の年休取得を可能にするものです。

 この法律の施行によって、各企業は、使用者として長時間労働を抑制することが求められますが、他方で、労働者側の問題として、不況下において昇級の停止、賞与の減額などによる収入の目減りを防ぐためにだらだら残業を行うこともしばしばありますから、勤怠管理の面からもこれに取り組むことが必要になってきます。

 本稿では、この問題を取り上げます。

第1 改正法の内容
1 時間外労働の割増賃金率が引き上げられました。
(1) 1ヶ月60時間を超える時間外労働については、法定割増賃金率が、現行の25%から50%に引き上げられました。
    対象となるのは時間外労働であって、休日労働(35%)と深夜労働(25%)の割増賃金率に変更はありません。
    但し、中小企業については、当分の間、適用は猶予されます。
    猶予される中小企業は、以下の通りです。

①資本金の額または出資の総額が
小売業 5,000万円以下
サービス業 5,000万円以下
卸売業 1億円以下
上記以外 3億円以下

②常時使用する労働者数(事業場単位ではなく、企業単位)が
小売業 50人以下 サービス業 100人以下
卸売業 100人以下
上記以外 300人以下

(2)割増賃金の支払に代えた有給休暇の仕組みが導入されました。
   事業場で労使協定を締結すれば、1か月に60時間を超える時間外労働を行った労働者に対して、改正法による引上げ分(25%から50%に引き上げた差の25%分)の割増賃金の支払に代えて、有給の休暇を付与することができます。
   労働者がこの有給の休暇を取得した場合でも、現行の25%の割増賃金の支払は必要です。

2 割増賃金引き上げなどの努力義務が労使に課せられました。
  「時間外労働の限度基準」(平成10年労働省告示第154号:限度基準告示)により、1か月に45時間を超えて時間外労働を行う場合には、あらかじめ労使で特別条項付きの時間外労働協定を締結する必要がありますが、新たに、

① 特別条項付きの時間外労働協定では、月45時間を超える時間外労働に対する割増賃金率も定めること
② ①の率は法定割増賃金率(25%)を超える率とするように努めること
③ 月45時間を超える時間外労働をできる限り短くするように努めること
が必要となります(企業規模にかかわりません)。

3 年次有給休暇を時間単位で取得できるようになりました。
  現行では、年次有給休暇は日単位で取得することとされていますが、事業場で労使協定を締結すれば、1年に5日分を限度として時間単位で取得できるようになります(企業規模にかかわりません)。
  年次有給休暇を日単位で取得するか、時間単位で取得するかは、労働者が自由に選択することができます。

第2 だらだら残業について
1 だらだら残業とは
  残業とは、時間外労働のことです。

  ところで、労働時間の概念には、法定労働時間と所定労働時間があって、前者は労基法が定める原則で、1週間40時間、1日8時間の定めをいい、後者は各企業において就業規則等で定めるその企業の始業時刻から終業時刻までの労働契約上の労働時間をいいます。

  改正労基法でいう割増賃金は、もちろん法定労働時間を超過した場合の時間外労働を対象としているのですが、ここではだらだら残業の問題を考えますので、所定労働時間を超えた時間外労働を残業と考えて検討することにします。

  就業規則等の労働契約において定めがあれば、使用者は労働者に対し、残業すなわち時間外労働を命ずることができますし、この場合労働者は、時間外労働を行う義務が生じます(法定労働時間を超える場合には三六協定が必要なことはもちろん)。このことは、企業は、上司の指示で社員を働かせたときに残業代を支払う義務が生じるということです。

  しかしながら、終業時刻経過後に、上司からの指示もなく自らの判断で、量もしくは質の低下した内容の労務を提供しながら在社し続けるような事態がしばしば見受けられるところです。これを「だらだら残業」と呼ぶことにします。

  労働者がこうした状態で残業を行うことは、長時間労働を抑制するという上記改正労基法の趣旨に反しますし、無駄な経費は削減されるべきであるという企業経営の基本原則にも反し、改正労基法が適用になることにより人件費コストが急増する恐れもあります。

2 労務の提供がないという抗弁
  だらだら残業に対して、上司の承認のない残業は、労働時間に該当しないという抗弁をすることは可能でしょうか。

  労基法上の労働時間とは、「労働者が使用者に労務を提供しその指揮命令に現実に服している時間」をいいます。上司の事前の承認なく在社していた時間について、労働者が「労働をしていたこと」の立証をなしえていないことを理由に、その請求を棄却した判例もあります(北陽電気事件・大阪地裁平成元年4月20日判決)。

  しかしながら、近時の裁判例では、タイムカードやパソコンのログなどで在社したことが立証できれば、使用者側が「労働をしていなかったこと」を立証しなければならないという裁判実務が定着していると思われます(三晃印刷事件・東京高裁平成10年9がつ16日判決)(日本コンベンションサービス事件・大阪高裁平成12年6月30日判決)。

  そして、上司の事前承認がない場合でも「使用者側に黙示の承認があった」との構成のもと、時間外労働にあたるとされるの傾向があります。判例(静岡県教育委員会事件・最高裁昭和47年4月6日判決)は、時間外労働に関する業務命令は「積極的な意思発動を意味するものである。」といいつつも、「そこには、一定の形式によらなければならない特段の要請があるわけではないから、右命令は、常に明示的になされなければならないものではない」といっています。

 ただ、黙示の承認があったといえるためには、単に労働者が職場に居残って残業している事実のみでなく、仕事量や納期などの関係から客観的に残業が必要であった状況が認めなければならないという客観的業務の必要説が有力であり、判例もこの説に立っていると思われます。  しかしながら、客観的に残業が必要であったのか、単にだらだらと残業していたかの区別はそう単純なものではなく、裁判になると多くの残業が必要であったと認定される危険が大いにあるでしょう。 このリスクを回避するためには、企業としてだらだら残業の防止策をきちんと立てておく必要が生じます。

3 防止策
  だらだら残業を防止するためには、以下のような施策を講じる必要があります。

  まず、残業の事前承認制を就業規則に明記するとともに、運用においても徹底することが必要です。
  残業はするなという指示を出していた場合に、「残業時間を使用者の指揮命令下にある労働時間と評価することはできない」とする判例がありますが、これもその通りの運用がなされていることが必須です。

   また、使用者は、労働者の労働時間を把握し、それを算定する義務を負っていますから、この義務を遵守して常に労働時間の把握を行いながら、業務に関する指示をしていく必要があります。

  そして、上司の指導にも従わず、会社に長時間在社し続ける労働者に対しては、「業務命令として、終業時間を経過した以降は帰宅すべき旨を命じる」等の残業禁止命令を出すことも必要でしょう。

  最後には、やはり、上司を含めた意識改革が必要です。