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フジテレビとライブドアを手玉に取った村上ファンド・インサイダー取引事件
「ファンドなのだから、安ければ買うし、高ければ売るのは当たり前」という徹底した利益至上主義に、裁判所が慄然とした事件
(平成19年7月19日東京地裁判決、同21年2月3日東京高裁判決、最高裁平成23年6月7日)

2011/6/21

 元村上ファンド代表の村上氏が、ニッポン放送株をめぐるインサイダー取引事件により証券取引法違反容疑で逮捕されたのは記憶に新しいところだと思います。この事件では、第1審裁判所が判決の中で「ファンドなのだから、安ければ買うし、高ければ売るのは当たり前という徹底した利益至上主義に慄然とせざるをえない。」といって、懲役2年の実刑判決と、罰金も当時の最高額の300万円に処しました。控訴審裁判所の裁判官は慄然とまではしなかったのか、3年の執行猶予付き判決(懲役2年、罰金300万円、追徴金11億4900万円、1審と同様)とし、最高裁もインサイダー取引の成否に関する基準について控訴審の判断を変更したものの、量刑については控訴審の判断を是認しました。

 この事件で重要な争点となったのは、インサイダー取引が成立するための要件である「投資判断に影響を与える重要な決定があったかどうかの判断基準」と、「量刑」(どれくらい重い刑罰を科するか)、すなわち「村上氏がどれだけ極悪人であったかどうか」にありました。
 
 第1の争点である決定があったかどうかの判断基準に関しては、第1審が、「株価に影響を与える重要な決定は実現の可能性があれば足り、可能性の高低は問題にならない。」と判示したため、法律家や証券業務に携わる人々が、インサイダー取引の成立範囲を著しく拡げるものであり、証券取引を著しく萎縮させかねない判断基準であるとして強く批判し、重要な争点として議論されました。そのためか、控訴審では、「主観的にも客観的にもそれ相応の根拠をもって実現可能性があるといえて初めて、決定があったと解釈すべき」といって、第1審の基準よりも厳格な基準を示しました。ところが、最高裁は、この控訴審が示した基準を排斥し、「実現性が全くあるいはほとんど存在しない場合は別として、実現を意図して、それに向けた作業等を会社の業務として行う旨の決定がなされれば足り、実現可能性があることが具体的に認められる要しない」という基準を示し、むしろ第1審に近い判断基準を示しました。

 次に、本事案の重要な争点は、「量刑」、すなわち「犯行の悪質性」にあります。これは、本事案に対する基本的な見立ての問題であり、これをインサイダー取引の類型を超えたもっと悪質な事件であり、村上氏は厳罰に処せられるべきと見るのか、本事案の取引の違法性など微々たるもので、さすが聡明な元官僚である村上氏が、狡猾なフジテレビの日枝社長とライブドアのホリエモンを手玉にとった取引にすぎないととらえるかが重要の争点でありました。

 本稿では、この問題を取り上げます。


第1 インサイダー取引とは

 インサイダー取引とは、投資判断に影響を及ぼす会社の内部情報(株価を上げる情報と下げる情報があります)に接する立場にある会社役員などが、その立場にあるために知った内部情報を利用して、その情報が公表される前にこの会社の株式等を売買する(上がる前に買って上がってから売却し、逆に下がる前に持っている株を売却したり、空売りする)ことをいいます。こうした情報が公表されると株式等は暴騰したり、暴落したりしますので、こうした取引を許すと一般の投資家との不公平が生じ、証券市場の公正性・健全性が損なわれるおそれがあるため、金融商品取引法(当時は証券取引法)において規制されています。これに違反した場合は、個人については、5年以下の懲役もしくは500万円以下の罰金に処され、又はこれらが併科されます。法人については、5億円以下の罰金に処されます。

 以上が通常のインサイダー取引の類型ですが、これとは別に、株式の公開買付や大量買付(総株主の議決権総数の5%以上)が行われようとするときに、公開買付などの関係者が、公開買付などを行うことが決定されたことを知り、買付の対象となる株式を購入するのも、インサイダー取引の一種とされています。公開買付などが実施されることが公表されると買付価格の近辺まで株価は上昇しますし、公開買付でなくても市場で株式の大量買付がなされればこれまた株価は上昇すること必然ですから、公開買付関係者のような立場を利用して知った内部情報を利用して株式の売買を行うことを禁じるものです。要は、これから株式の公開買付や大量買付が行われるということをインサイダー情報として知ったものが、公表前に株式を買付け、情報公表後株式が暴騰した時に売り抜けて利益を得るという取引を禁止するということです。本件事件で問題になったのは、この類型です。


第2 事実経過

次に、本件事件の事実経緯について説明します。

1 村上氏によるニッポン放送への着目、株式取得等

 村上ファンドは、ニッポン放送とフジテレビ間に「資本関係のねじれ」(株式の所有状況はニッポン放送が親会社、フジテレビが子会社となっているが、会社の規模や時価総額はフジテレビが大きい結果、時価総額の少額なニッポン放送株を買い集めて同社を支配することにより、フジテレビを支配できるという関係ある)があることに着目してニッポン放送の株式を買い集めるようになり、平成15年頃には、10%程度の株式を取得するに至りました。

 そのため、村上ファンドは、その出口戦略(業界用語でイグジットなどともいい、買い集めた株式を利益を乗せて処分する方法)として、フジテレビに対して資本のねじれを是正するよう提案をするなどしていました。すなわち、その意図するところは、村上ファンドが買い集めたニッポン放送の株式をプレミアムをつけてフジテレビに買い取ってもらいたいという提案をしたということです。

 これを受けて、フジテレビも従前から資本のねじれについては是正したいという希望があったので、平成15年10月頃に、ニッポン放送に是正の提案をするなどしましたが、ニッポン放送に拒絶されてしまいました。

 このような経緯の中、村上氏は、フジテレビによるニッポン放送の完全子会社化というメインシナリオの実現を第1の出口戦略としつつ、それが実現しない場合が十分にあり得ると考え、それ以外の道、すなわちサブシナリオの実現に向けた取組も真剣に行うこととし、他の選択肢も併行して探していくことにしました。

 そして、その1つとして、楽天にニッポン放送株の買取りを働きかけるなどしましたが、楽天は最終的にはこれを断りました。

 また、他のサブシナリオとして、ニッポン放送株を買い進めて平成17年度開催のニッポン放送の定時株主総会においてプロキシーファイトに挑み、ニッポン放送に対する支配権を取得した後、資本のねじれを是正する中で保有株式を処分する出口戦略も併行して進めることにしていました。そのためには援軍が必要であると考え(村上ファンド単独で30%とか40%買い増すことはできないという判断があります。)、援軍候補者への株式取得の働きかけを行うことにし、その1人として旧来より親交のあったライブドアの堀江氏に会談を求めました。

2 平成16年9月15日会談(第1回会談)

 堀江氏との第1回会談が、平成16年9月15日にもたれ、その席上、村上氏は、村上ファンドがニッポン放送株を18%保有している(本当は12%程度だった)ので、残り3分の1を取ればその経営権を取得できる状況にあるという話をしたところ、堀江氏は、「フジテレビいいですね。」などと強い興味を示しました。そして、この会談が終了するころには、堀江氏はニッポン放送株を大量取得したいという強い意向を示し、そのため本案件に関する担当者がそれぞれから指名され、以後、担当者間で打合せをしながらその実現に向けて活動することになりました。

3 平成16年9月15日(第1回会談)から11月8日(第2回会談)までの状況

 第1回会談での村上氏の説明を受けて、堀江氏は、平成17年のニッポン放送定時株主総会において、村上ファンドの保有分とあわせて株式の過半数を支配して同社の経営権を取得するため、その3分の1の株式を買集めることに強い興味を持ち、必要となる500億円についてクレディスイスに借り入れを打診するなどしました。

 ただ、クレディスイスの反応は芳しいものではなく、担当者レベルで200億円の融資枠の設定ができるのではといった話も出たようですが、会社組織として正式に決定されたものではありませんでした。ただ、堀江氏らは、200億円くらいの融資は得られるのではないかとの感触を得たものと思われ、それと手許資金を無理して回せば購入資金の調達は可能でないかと考えていたようです。

 また、資金調達以外の準備作業については、株主構成や株式取得の可能性、M&Aをめぐる過去の事例の検討、フジテレビの動きの調査、村上ファンドとの共同戦線をはるための合意内容確認のための契約書の用意といった作業が行われていました

 そして、このタイミングでライブドアの要望や戦略をぶつけることにして村上氏に会談の申込を行い、11月8日に第2回目の会談が開催されました。

 この間、村上氏は、ニッポン放送株をこれまで以上に積極的に買い付け、大量の株を取得しました。

4 平成16年11月8日会談(第2回会談)の状況

 第2回会談においては、村上ファンドの担当者が株主状況を説明するなどし、また今後の戦略に関する協議などが行われました。その後、村上氏が資金調達の進捗状況について問い質したところ、ライブドアの宮内氏が「クレディからの借り入れでなんとかします。」などと回答しました。、また、ライブドア側から、村上ファンドが18%の株式を保有し続けることを書面にして約束して欲しいという要請を行いましたが、村上氏は、「それはできない。俺を信じろ。」といって要請をかわしました

 それでも堀江氏と宮内氏は、村上氏に対し、「やりますので、よろしくお願いします。」という趣旨の発言を行って、ライブドアがニッポン放送の経営権を取りにいくという決意を表明しました。

5 平成16年11月8日から平成17年1月6日までの状況

 村上氏は、第2回会談後も、ライブドアに対する株式売却という出口は、あくまでもサブシナリオであるという方針は変更しませんでした。そして、メインシナリオであるフジテレビに対する株式売却を実現するために、フジテレビの役員に会うなどし、フジテレビがニッポン放送株のTOBを行うことを期待していること、TOB価格は6,000円くらいが妥当であると考えていること、TOBがなされない場合は村上ファンドアがプロキシーファイトにより次期定時株主総会でニッポン放送経営陣の退陣を求めることなどを伝えました。

 この出口戦略が基本方針であることは、その後の村上ファンド内の会議等で重ねて確認され、こうした席では、ライブドアに対する株式売却という出口戦略が検討項目としてあげられることはありませんでした。

 他方、ライブドアでは、クレディスイスからの借入れが難航したため、12月に入りエクイティによる調達(増資ということ)が検討されました。そうしたところ、リーマンが、最大500億円の資金調達を可能とする転換社債発行の提案を行い、JPモルガンも同様の提案を行いました。

 そうした中で、ニッポン放送株の買い増しを進めていた村上氏は、ライブドアによる買い集めが進捗しないことに対し、これを非難するなどしていました。

6 平成17年1月6日会談(第3回会談)

 資金調達の方法が、上記の通り、借り入れからエクイティによる方法に変更されたので、この状況を村上氏らに説明するために、平成17年1月6日に第3回会談が開催されました。

この席上、上記資金調達方法の説明がなされ、今後の株式の買い集め手段として、4.9%まで市場でおとなしく買い、その後一気に買い増すことなどが協議の上決定されました。

7 平成17年1月6日から17日までの状況

 ライブドアは、平成17年1月11日、取締役会で、ニッポン放送株を4.9%まで買い進めることを決議しました。

 他方でフジテレビは、その主幹事証券会社を中心としてTOBの準備を進め、1月17日、ニッポン放送株について1株5950円でTOBを行う旨公表しました。

 これを受けて、堀江氏は、村上氏のもとを訪ね、「(ニッポン放送株の買い集めの件は)これで終わりですかね」と尋ねたところ、村上氏は、「これ(フジテレビのTOB)僕が主張してきことじゃないか。これはもうおしまいだ。それは裏切るわけにはいかん」などといって、フジテレビのTOBに応じる意向を示したものの、堀江氏が、「でも高い値段をつけたら、村上さん売っていただけますか。」と問うと、「うちはファンドだから高い方に売る。」と答えました。

8 平成17年1月17日以後の状況

 1月20日、ある投資顧問が保有するニッポン放送株約95万株を売りに出すという話が村上氏にありましたが、村上ファンド自らがそれを購入することは断念し、同氏の関係者にそれを購入させることにしましたが、この関係者は資金不足のため全部を買うことはできないことになりました。そこで、村上氏は、ライブドアの熊谷氏に連絡を取り、残りの約36万株(約21億円相当)を買い取るつもりはないかと伝えたところ、同氏は、それを買い取る旨即答しました。

 また、同氏は、1月28日、外国人株主から株式を買い取りたいのでその連絡先を教えるよう村上氏に依頼してきました。

 このような状況に至り、村上ファンドの監査役でもある顧問弁護士の指導もあって、ライブドアが証券取引法にいう大量買付の決定を行ったことを知ったことは明白になったとして、この時点で村上ファンドにおけるニッポン放送株の買付けは停止されました。

9 ライブドアによる大量買付の実現と村上ファンドの出口戦略の完了

 1月31日、堀江氏は村上氏を訪ね、今後の方策についてアドバイスを受けるとともに、村上ファンドが所有する株式を売却せずに保持して欲しい旨依頼しましたが、村上氏は、「それはできない。少しでも高いところに売るのがファンドを運用する僕の役目だ。当方のファンドの分を押さえたいなら、買ってもらうしかない。」というのでは、堀江氏はこれを引き取る旨回答し、結局、その所有株式19.6%のうち10%がライブドアに売却されることになりました。

  また、村上氏の関係者が引き取っていた59万株についても、村上氏の仲介でライブドアが取得することになり、2月7日にライブドアに売却されました。

 その後、ライブドアは、35%の株式取得に成功し、さらに3月25日にはその過半数を取得するに至りました。外国人株主などからフジテレビのTOB価格以上で買い取ったということです。

 こうした経緯の中で、ニッポン放送株は暴騰し、村上氏は、残りの株式を市場で売却することにして、2月10日に157万8220株を1株平均8747円で売却して多額の利益をあげました。


第3 法的争点

本件の法的争点は、以下の通りです。

1 本件インサイダー取引の要件

 本件においては、上記の通り、一般のインサイダー取引とは異なる類型である大量買付などに関するインサイダー取引が摘発されたものですが、その要件としては、①大量買付などの事実を知った、②大量買付関係者が、③その公表前に、④株式の買付を行う、ことが必要になりますが、本件では、村上氏が大量買付などの事実を知って株式の買付を行ったかどうか、すなわち①の要件を満たすかどうか法的な争点になりました。

 大量買付などの事実を知ったとは、「大量買付を行う主体が大量買付などを行うことを決定した事実」を知ったということであり、本件では、ライブドアが大量買付を行うことを決定したことを知ったということになります。そして、この時点からライブドアが大量買付を決定したことを公表するまでの期間、村上氏は、ニッポン放送株を取得するとインサイダー取引になるということです。

2 決定の存否と実現の可能性

 ところで、第2において記載した事実経過の中で、皆様は、ライブドアがニッポン放送株の大量買付を行うことを決定したということができる時点はいつで、それを村上氏が知ったということができる時点はいつだと思われますか。第1回会談の時点で決定があったということができるでしょうか。この会談であの堀江氏がめらめらと燃えて、絶対買うぞと決意している光景が目に浮かびます。しかしながら、この段階では、そもそもどの程度の割合の株式を、どのような手段で、どのようなスケジュールで買い集めるかの協議すらされていませんし、資金調達の目処も全く立っていない状態です。もちろん、ライブドアの取締役会が開催されて決議されたわけでもありません。これで決定があったとされたら、村上氏も困ってしまうでしょう。どちらかというと大風呂敷をひろげ、大言壮語する傾向にある人に話をして、その人がめらめらと燃えて肯定的な受け答えをしたら、実現可能性などに関係なく決定があったとされてこの時点から株式の買い増しができなくなります。そうすると、当初の方針(プロキシーファイトのための買い増し)を断念せざるをえず、出口戦略がライブドアの動きのみに依存することになりかねないことになります。

 それでは、第2回会談の時点はどうでしょうか。ライブドアの面々はそれなりに準備をして、また戦意も高まってきたようです。ただ、資金調達の面でいえば、その進捗具合は芳しくなく、クレディスイスの担当者は200億円の融資枠の設定が可能ではなどといっていますが、会社組織としての判断はどうも消極だったようです。ただ、当時、全ての事業において行け行けどんどんのライブドアの面々は、資金調達など何とかなるとの感触をもって第2回会談を設定し、村上氏に対して、その熱意を伝えたわけです。当然、村上氏は資金調達はどうなったかを尋ねますが、その回答は何とかなりそうですという程度のものでした。これを村上氏はどう捉えたのでしょうか。その後の村上ファンド側の会議で、ライブドアによる大量買付が検討対象にもなっていないところを見ると、その実現可能性に関しまだまだ眉唾ものだという冷静な判断をしていたように見受けられます。

 第3回会談の時点はどうでしょうか。この時点では、資金調達はエクティの方法によって可能であることがほぼ固まり、大量買付の具体的方法などが協議され、決定されています。この時点では遅くとも、村上氏は、決定を知ったといえそうですね。ただ、村上氏が顧問弁護士の指摘を受けて購入を停止したのは、ライブドアが現実に買付を行い、外国人株主の連絡先を教えるようにいってきた1月28日の時点だったようです。

3 裁判所の判断

 決定があったかどうかの判断基準に関しては、親会社による子会社の売却交渉をめぐり、交渉相手企業の担当弁護士がインサイダー取引規制違反に問われ有罪になった事件で、最高裁が、「確実に実行されるとの予想が成り立つ必要はない」と判示した先例がありました。

 そして、第1審は、「決定があるというためには、大量買付が確実に実行されるとの予測が成り立つことは要しないと解するのが相当である」とし、「実現可能性が全くない場合は除かれるが、あれば足り、その高低は問題にならない」という基準を示し、第1回会談の際にすでに決定がなされ、第2回会談までには村上氏が決定があったことを知ったという判示をしました。これに対して、第1審の判決内容は、最高裁が先例として示した基準を著しく拡大しているとの批判に晒されることになりました。

 これに対して、控訴審判決は、「決定はある程度の具体的内容をもち、その実現を真摯に意図しているものと判断されるものでなければならず、それ相応の実現可能性が必要である。」と判示し、一定の歯止めをかけました。ただ、控訴審判決も、第2回会談の時点でこの意味での決定がなされ、かつ村上氏はこれを知ったと認定していますから、知った時期に関し相違はありません。

 すなわち、文言上の基準としては、控訴審判決は1審判決の基準を否定し、一定の枠をはめたかのようですが、実際の結果に相違はないのです。第2回会談の段階では資金調達の目途がたっておらず、この段階ではそれ相応の実現可能性があるとはいえないという評価もありえますが、控訴審判決は、なんとかなるといった程度の実現可能性をもってそれ相応の実現可能性があると判断していることになります。

 最後に最高裁は、上記控訴審が示した基準を排斥し、「実現性が全くあるいはほとんど存在しない場合は別として、実現を意図して、それに向けた作業等を会社の業務として行う旨の決定がなされれば足り、実現可能性があることが具体的に認められる要しない」という基準を示し、むしろ第1審に近い判断基準を示しました。法律条項の規定の仕方が、投資判断に影響を及ぼしうると考えられる決定を限定的に規制対象とし、そこでは投資判断に対する個々具体的な影響の有無程度を問うていないことを理由にしています。

 一連の判決をみるとき、抽象的な基準こそ広狭の差があるものの、現実の適用結果に相違はなく相当に要件が緩いためにインサイダー取引とされる範囲が大変広く、証券市場の関係者、特にファンドなどがいろいろな出口戦略を用意しながら、柔軟に株式を買い進める自由は大きく制限されることになるのは明らかでしょう。「資本市場関係者は、君子危うきに近よらずを徹底して、防衛するしかありません。」と一般的な警鐘を鳴らすのは簡単ですが、アクティビストなどが運営するファンド等にとっては、相当窮屈になろうかと思います。


第4 量刑問題

最後に量刑の問題、すなわち村上氏が、激しく糾弾されるような極悪人かどうかという問題です。

1 1審判決の考え方

1審判決の量刑に関する考え方は、以下の通りです。

(1) 背景事情及び動機について

 村上氏は、出口戦略としてフジテレビによる資本再編をメインシナリオとし、ライブドアによる大量買付をサブシナリオとして考えていたが、第2回会談においても同社による大量買付が確実に実行されるとの予測を持つまでにはいたらず、シナリオを見直すことはなかった。

 12月に入っても、ライブドアが株式購入の動きに出ないので村上氏はいらだつなどし、期待をもっていたものの、実行されるという確信をもつことはできなかった。

 さらに、平成17年1月6日の第3回会談において、エクイティの手法により500億円の資金調達の見込みが示されたため、ライブドアが大量買付に本格的に動き出すことが期待され、村上ファンドの保有株のエグジットとなる可能性が格段に強まったものの、この段階でも、大量買付に関する実現可能性は不透明であるため、フジテレビによるTOBがメインシナリオである方針を変更しなかった。しかしながら、ライブドアによる大量買付の動きそれ自体がフジテレビによる資本再編の促進に圧力となるものであり、メインシナリオの実現に資することにもなった。さらに、いずれのシナリオも実現せず、村上ファンドがプロキシーファイトに挑む場合でも、相当数の株式を取得したライブドアはその援軍になりうるものであった。

 このように村上ファンドのエグジットに関する戦略は、1個の可能性にかけるというような単純なものではなく、重層的で、巧妙かつ慎重なものであった。そして、村上氏は、ライブドアがニッポン放送株の大量買付を決定したことを知った後も、なおこれを大量に買い増し、できるだけ有利な株価でこれを売却してエグジットを図り、もってファンドの利益を最大限に確保しようともくろんでいたのである。

 そして、1月17日にフジテレビによるTOBが発表されたのであるが、当初メインシナリオが達成できたことを歓迎したが、その時点の流れからは、ライブドアがTOB価格を上回る価格で大量買付を行えば、ライブドアに株式をより高額に引き取ってもらえるし、又は高騰した市場価格で市場で売却できると考え、これをメインシナリオに格上げし、堀江氏に大量買付の継続を勧めた。

 この経緯を見るとき、ライブドアから知らされたインサイダー情報を唯一の動機として本件買付を行ったのではないから、インサイダー取引としての悪質性は低いようにも思われるが、プロキシーファイトをちらつかせてフジテレビに資本再編を申し入れてエグジットを図りつつ、それを強化し、確実にするために本件買付を行なったのであるから、強い利欲性が認められ、悪質である。

(2) 態様について

 大量買付などの決定に関し、ライブドアを自ら勧誘しその気にさせたものである。したがって、インサイダー情報を「きいちゃった。」のではなく、「言わせた」のである。この点も、単なる情報の被伝達者というよりも当事者性が強く、悪質である。

(3) その他悪質な情状について

 村上氏は、当初からフジテレビをメイン、ライブドアをサブとして両天秤にかけ、フジテレビによるTOB表明後は、より大きな利益が得られるライブドアによる大量買付をメインに格上げし、保有する株式の約半分をライブドアに引き取らせてまず巨額の利益を確定し、さらにライブドアが大量買付を公表して市場価格が暴騰するや、残りの大部分を市場で売却して、再び巨額の利益を得ている。これをフジテレビの側から見れば、もともとフジテレビのTOBは村上氏が働きかけたものであって、これに応じないこと自体が裏切りであるのに、こともあろうに敵対的に買い集めをするライブドアに売却されてしまっているのである。他方、ライブドアの側から見ても、同社が経営権を奪取するまでファンド保有分を持ち続けるから「俺を信用しろ」などといわれて安心させた上、たきつけられて大量買付に走るや、土壇場でファンド保有分の半分を高値で引き取らされ、あげくにはもう半分を市場で売り抜けられてしまっているのである。それなのに、村上氏は、「ファンドなのだから、安ければ買うし、高ければ売るのは当たり前」というが、このような徹底した利益至上主義には慄然とせざるをえない。

村上ファンドが得た類例を見ないほどの巨額の利益は、不公正な方法で一般投資家を欺き、不特定多数の損失の上に得られたものであり、証券市場の信頼を著しく損なうものである。

2 控訴審判決の考え方

 1審判決の指摘するところを読んで、どのようにが感じられますでしょうか。もっともだ、本当に村上氏というのは極悪人だと感じますでしょうか。
ただ、どうでしょうか。ここで指摘されている情状に関する事実は、起訴されているインサイダー取引に関する事情でしょうか。何か、被害者がフジテレビとライブドアであり、日枝社長と堀江氏を欺罔したのがけしからんといっているように聞こえませんか。そんなことがインサイダー取引事件の情状とどう関係するのでしょうか。また、上の2名がインサイダー取引規制によって保護される人なのでしょうか。ちょっと変ですね。

 控訴審判決は、さすがにこの点を軌道修正し、以下のように判示しています。

(1)一連の村上氏の行為は、市場操作的な行為であって、背信的であるが、これをインサイダー取引事件において量刑上どのように取り扱うかは慎重な検討を要する。

 すなわち、1審判決が指摘する事情を量刑上強調しすぎると、市場操作的な行為という起訴されていない事実に関し処罰することになってしまう。また、物言う株主としての行動をどう評価すべきかについては、成熟した議論がなされていないので、一面のみをとらえて量刑事情に取り込むのは困難である。

(2)そして、一連の経緯を見ると、村上ファンドによる当初の株式購入は、インサイダー情報を取得したことによって行ったと見るのは相当でないし、第3回会談までは、村上氏が得ている情報がインサイダー情報に該当するとの認識もそれほど強いものではなかったと考えられる。

 証券取引法のいう「決定」の意義に関して争いがあり、判例もそれほど蓄積されていない状況をみるとき、その解釈の誤りをすべて被告人の責任にするのはやや酷というべきである。すなわち、第2回会議で聞いた内容が法律的な意味においてインサイダー情報に該当すると認識し、法を犯すことを知りつつ株式購入を継続したとまでは認定することができない。

(3)しかしながら、第3回会議はインサイダー情報を取得したことを明確に認識したというべきであり、その後28日まで買付を継続したことは法を無視したものというべきである。

 ただ、起訴に係る事実においては、明確に違法であることを認識がない状況において取得した株式が購入株の大部分を占めている(159万9190株)ことは犯情として考慮せざるをえない。

(4)その意味で、1審判決は重すぎる。


4 私見

 上述した通り、1審判決が指摘する事情は、インサイダー取引における情状と関係がある事情とは思われません。仮に関係があるしても、フジテレビやライブドアを手玉にとって翻弄することが、インサイダー取引事件における情状を悪くするとは到底思えません。「もともとフジテレビのTOBは村上氏が働きかけたものであって、これに応じないこと自体が裏切りである」などといいますが、そもそもフジテレビは資本のねじれをなんとか解消したいと考えていたわけですから、村上氏の働きかけなど関係ない話で、村上氏がTOBに応じるかどうかはその時の彼の情勢判断であり、これに応じる義務などまったくないのですから、裏切りもへったくれもありません。また、ライブドアも飛ぶ鳥を落とす勢いの事業会社であって、この会社がシナジーをねらって敵対的買収にかかろうとするのですから、ここになるべく高く保有株式を引き取らせることは当然であるし、堀江氏から18%の保有株の継続保有の合意する書面の作成を求められたとき村上氏はこれを断っているのですから、法的には継続保有義務を負わなかったということであって、これを市場で売却することに何の法的問題もありません。これを非難し、慄然とする1審判決は的はずれです。

 さらには「村上ファンドが得た巨額の利益は、不公正な方法で一般投資家を欺き、不特定多数の損失の上に得られたものである」といいますが、これもそうではありません。一般投資家は高騰した株価でライブドアに売却できたのですから損失はありませんし、一般投資家を欺くという行為もありません。ライブドアが高値づかみをさせられただけであって、ライブドアが自らのリスクで高値で購入したということにしかすぎません。現にライブドアは、さらに高額の価格でフジテレビに引き取ってもらい巨額の利益をあげたことはご存じの通りです。

 いずれの当事者も、精鋭の専門家を抱え、企業同士の総力戦を展開したものであり、ここで駆使された駆け引きなどは、資本市場に従事される人々だけでなく、企業戦士である皆様にとっても当たり前のことだと思いませんか。村上氏はあこぎではありますが、あこぎであることが犯罪になることはありませんし、インサイダー取引に関して極悪人であるという評価の要素になるというものではないでしょう。

 なお、最高裁判決は、量刑に関しては新たな判断を行うことなく、控訴審判決の量刑判断を是認していますので、懲役2年執行猶予3年の判決が確定し、村上氏は実刑判決を免れましたが、最高裁も村上氏の行為を極悪人の行為であるとまではいえないと評価していると理解できるでしょう。

 なお、裁判所が、本事案の見立てとして、村上氏のやり方は市場操作的な行為であるといっていることをとらえ、本件はインサイダー取引ではなく、もっと法定刑の重い「不正の手段、計画、技巧による取引」で立件すべきであったという論評がなされることがあります。しかしながら、村上氏が行ったのは、ライブドアやフジテレビにけしかけて株式の需給関係における実需を作り出し、その上で両者を競争させてよりよい条件のオファーを出させることに成功しただけのことであり、株価操作はもちろんのこと、市場操作(この言葉自体あいまですが)をしたこともないのです。「不正の手段、計画、技巧による取引」という場合は、フジテレビやライブドアが騙された被害者であって保護されるべき対象だという評価があることになるのですが、こうした考え方が合理的でないことをすでに詳しく説明した通りです。