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遺言書の機能と作成方法

 最近、遺言をしましょうということがよく言われます。遺言をすることによって、相続財産をめぐる無用の紛争を防ぐことができるからです。

 ただ、理屈ではわかっても、自分にはさしたる財産がないからとか、家族仲がよいので争続などは発生しないとか、まだまだ先のことであるとか考えて、他人事と感じるのが通常でしょう。

 しかしながら、財産が稀少でも、誰が何をどれくらい承継するのかということは、例え妻と子供の間や子供同士の間でも利害の対立が発生することはよくあることです。また、より積極的な意義としては、自ら望むべき人に望むべき財産を承継させるという自らの意思の実現行為であり、かつ大切な人への配慮ということです。遺言は、自らの死後におけるその資産の管理・処分方法を決定する、人の最終意思の実現行為を行うことであるということができます。

 そこで、以下においては、遺言の意義、機能、具体的方法等について説明します。

1 相続と遺言
 人が死亡すると相続が開始します。相続とは、死亡などの相続原因が発生した場合に、被相続人から相続人に財産上の地位が移転する制度です。

 そして、この相続手続は、遺言がある場合とない場合ではその内容が大きく変わってきますので、遺言書の有無を確認するところから始まります。

 遺言書があれば、遺言で指定された人が、遺言で指定された財産を取得します。遺言がない場合は、法律による相続(法定相続)が発生し、法定相続人によって相続財産を分ける遺産分割の手続が行われます。この分割手続は相続人間の協議により行われますが、協議が調わない場合は、家庭裁判所の調停、審判という手続を経て分割がなされます(法定相続の詳細は、相続の基本参照)。

2 法定相続の問題点
 遺言がない場合は、法定相続人間で法定相続分に従い遺産分割の協議を行うことになりますが、この場合、以下のような問題が発生する可能性があります。

 ① 遺産分割協議、調停、審判手続が長期化するおそれがあります。
   遺産分割は、相続人間でその具体的な分割方法を協議することから始まりますが、兄弟間で仲が悪かったりするとなかなか任意の話し合いでは協議がまとまりません。

   この場合、家庭裁判所に調停の申立を行い、裁判所の関与のもとに話し合いを行いますが、ここでも協議が調わない場合、裁判所の審判となり(裁判所が具体的な分割方法を決める)、この審判の決定内容に不服がある場合は高等裁判所へ不服申立を行うことができます。このようにして、最終決着まで長期の時間を要することがあります。

 ② その間、相続財産は、相続人全員の共有となり、相続人単独では相続財産の処分もできません。せっかくの相続財産がいわば凍結されたような状態になり、相続財産を有効に活用することができないのはもちろんのこと、納税資金にも困るといったようなことも生じます。

  ③ また、被相続人の本来の望むべき人に望むべき財産が継承されないという事態が生じることにもなります。

3 遺言の機能
  遺言は、上記問題の発生を回避し、次のような機能を発揮します。

 ① 法定相続分とは異なる相続を実現する。
   妻に多く相続させたい、老後の面倒を見てくれた長男に多くの相続をさせたいというような望みを達成することができます。

 ② 望むべく人に望むべく財産を相続させる。
   子供は独立しているので妻に住居である不動産を相続させたい、家業を継いだ長男に会社の株式を相続させたいというような望みを達成することができます。

 ③ 相続権のない人に財産を継承させる。
   内縁の妻、内縁の妻との間の子、配偶者の連れ子、長男の嫁、老後の世話をしてくれた知人に遺産を遺し、また、慈善事業を行う団体への寄付をしたいというような望みを達成することができます。

 ④ 財産に関する事項以外の指定
   財産に関する事項以外でも、葬儀や埋葬の方法を指定したりすることができます。ただ、こうした指定に法的効力があるわけではありません(法的効力の問題は、次項を参照してください。)

4 遺言書に記載できる内容
  遺言書には、原則、何を書いても自由ですが、書いても法的効力(強制力)がないものがあります。

  例えば、「お母さんを支えて、兄弟はなかよくやるように」というような記載事項はよく見られますが、これに法的効力があるわけではありません。すなわち、この記載を無視して、子供が母親の放置し、もしくは兄弟げんかをしても、何らかの法的手段でこれが強制されるわけでもありませんし、遺言自体もしくは遺言の他の内容に影響が生じたりするわけでもありません。

  しかしながら、遺言者の意をくみ取り、遺族がこれを実行することが期待できるという意味で決して無駄ではないでしょう。

  法的効力のある遺言事項は、以下のようなものです。

 ① 相続財産に関する事項
  相続分の指定、遺産分割の方法の指定、遺贈

 ② 身分に関する事項
  相続人と予定されている者の排除(いわゆる、勘当を遺言でする。)、婚外子の認知、未成年者の後見人の指定

 ③ その他の事項
  祭祀承継者の指定、遺言執行者の指定

5 遺言の方法
  遺言には、自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言があり(これとは別に、緊急時遺言などの死期が急に迫った時などに作成される特別なものもありますが、ここでは割愛します。)、それぞれに一定の方式が決められています。

   遺言は、遺言者が死亡した後に効力が生じるので、死亡後に遺言書の偽造や改ざんの問題、遺言能力の問題(遺言をする精神的能力)などで争いが生じても遺言者本人に確かめる術はないので、遺言書作成について従うべき方式を厳格に定めているのです。

  以下、その方式を見ます。

(1) 自筆証書遺言
  遺言者本人が自筆で書く遺言書です。
  要件は、3つあります。

 ① 全ての内容を自筆で書く。
   ワープロやパソコンで作成したものは効力がありません。

 ② 作成日付を記す。
   10月吉日というような表記では無効になります。

 ③ 遺言者が署名・押印する。
   押印がないと署名があっても無効です。実印である必要はなく、認印等でも効力はありますが、偽造等の争いが生じるのを避けるために、認印等は使わない方がよいでしょう。

    自筆証書遺言は、自分だけで紙とペンがあれば作成できますし、決まった書式もありませんので、手軽に遺言書を作成することができます。また、その内容を誰かに見せる必要もありませんので、秘密も保つことができます。

  欠点としては、素人が作成したために上記要件を満たしておらず遺言が無効になったり、その記載内容の趣旨が不明であるため生前の意思の実現が達成できなかったり、遺言をしたことを秘密にしていたために遺言書が発見されなかったり、知人に預けておいたところ管理方法が適切でなかったために紛失してしまったり、遺言の偽造とか改ざん、もしくは遺言能力に関する争いが生じる危険などがあります。

② 公正証書遺言
  公証役場で公証人に作成してもらう遺言書です。 遺言者は、遺言者が選んだ証人2名以上を立会人として、公証人の面前で遺言を口述します。公証人は口述された遺言の内容を記載して書面を作成し、その後遺言者と証人に読み聞かせます。その記載内容が正確であることが確認できたら、遺言者と証人がそれぞれ署名・押印します。

  この方法は、証人2名以上を帯同して公証役場に出向く必要があること、作成手数料がかかることなど、手間、時間、費用がかかるために手軽さに欠け、また証人2名以上が必要なために秘密性に欠けます(証人を選ぶことによって、ある程度の秘密性は確保できる。)が、自筆証書遺言における上記問題点は発生しません。

  全国どこの公証役場でも、遺言書の検索ができるので、公正証書遺言があることがわかっていれば遺言書が発見されないということもありません。

③ 秘密証書遺言
  この方法は、まず、遺言者が遺言書を作成して(ワープロ打ちでも可)署名・押印し、それを封筒に入れて遺言書に押したのと同じ印鑑で封印をします。そして、2名以上の証人を帯同し公証役場に出向き、公証人と証人の前に封書提出し、その中身が自分の遺言書であることと氏名・住所を申述します。公証人は、封紙に封書が提出された日付と遺言者が申述した内容を記載した後、その封紙に公証人、証人、遺言者が署名・押印します。遺言書が入った封筒は、遺言者自らが管理します。

  この方法によれば、 遺言の存在は明確にしつつつも、その内容は秘密にしておくことができます。また、偽造や改ざんの問題もおきませんが、自筆証書遺言で指摘したその余の問題点は残ります。

 なお、自筆証書遺言書や秘密証書遺言が見つかった場合は、速やかに家庭裁判所で検認の手続を受ける必要があります。

6 遺言の変更、撤回
  一度遺言書を作成した後に、事情が変わったり、思いが変わったりすることはいくらでもあると思います。だからといって、遺言書を作成することに消極的になる必要はありません。なぜなら、遺言を撤回し、または変更することは自由にできるからです。

  すなわち、遺言者は、いつでも、遺言の方式に従って、その遺言の全部又は一部を撤回することができますし、後の遺言が前の遺言と抵触するときは、その抵触する部分ついては、後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなされます。結局、遺言はいつでも撤回できますし、前の遺言を撤回し新たな遺言をすることにより内容を変更することができます。また、撤回しないで抵触する内容の遺言をすれば、前の遺言が撤回され、新たな内容の遺言がされたことになるのです。

  ただ、その方法は、遺言の方式に従って行う必要があります。すなわち、5で説明した遺言の方法に従って後の遺言も行う必要があるということです。

  なお、遺言の撤回は、対象となった財産を処分することによって行うこともできます。すなわち、例えば、ある不動産を長男に相続させるという遺言を行ってもその不動産を処分できなくなるわけではなく、処分することに何の制約もありません。そして、処分するとその該当部分の遺言内容は撤回されたことになります。新たに遺言をして撤回する必要はありません。

7 遺留分
  上述の通り、遺言者が、遺言を行うことにより、法定相続分にとらわれることなく、相続分の指定ができますが、一定範囲の相続人には「遺留分」があるので、その指定も無制限にはできません。

  すなわち、遺留分とは、被相続人の全財産のうち、一定範囲の相続人が最低限相続できる割合のことをいいます。

  遺留分は、以下の通りです。

法定相続人 遺留分割合 各相続人の遺留分割合
配偶者のみ 2分の1 ・・・
子供のみ 2分の1 子供1人あたり=1/2÷人数
配偶者と子供 2分の1 配偶者=1/2×1/2=1/4
子供1人あたり=1/2×1/2÷人数
直系尊属のみ 3分の1 直系尊属1人あたり=1/3÷人数
配偶者と直系尊属 2分の1 配偶者=1/2×2/3=1/3
直系尊属=1/2×1/3÷人数
配偶者と兄弟姉妹 2分の1 配偶者=1/2 兄弟姉妹・・なし
兄弟姉妹 なし ・・・

  例えば、
① 法定相続人が妻だけの場合で、妻には相続させたくないので全ての財産を第三者に遺贈しても、妻には1/2は遺留分があります。
② 法定相続人が3人の子供の場合で、長男に全ての財産を相続させ、次男と三男には相続させないという内容の遺言をしても、それぞれ1/6の遺留分があります。
③ 法定相続人が妻と2人の子供の場合で、子供には相続させないという内容の遺言をしても、子供はそれぞれ1/8の遺留分があります。

  ただ、この遺留分を侵害する遺言をすると遺言それ自体が無効になるというものではなく、遺留分が侵害された法定相続人との関係でその該当部分が無効になるというものでもありません。

  遺留分を侵害された者がその侵害された遺留分を取り戻すには、他の相続人に対して遺留分減殺請求権を行使しなければなりません。したがって、遺留分を侵害された者からの請求権の行使がなければ、遺言の内容通りの財産承継の結果となります。

8 ケース別検討

  以下においては、具体例をあげならが、遺言の内容を見ていきます。

(1)法定相続分の変更
  まず、法定相続分の変更を内容とする遺言を見ます。

① 妻に全財産を相続させる。
   子供達は独立しており、妻に全遺産を相続させたい場合、「妻に全財産を相続させる」と遺言することになります。

  ただ、子供には遺留分があるので、子供は減殺請求をすることができます。しかしながら、独立し、自立した子供が自分の母親の生活を配慮し、また母親が死亡したらその財産は子供たちが相続するのが通常ですから、父親である遺言者の意思を尊重することが多いと思われます。

   ただ、妻が後妻で子供が先妻の子である場合は、後妻と子供の間に熾烈な争続が発生する可能性があります。

② 子供に全財産を相続させる
   妻が再婚しそうであるなどの理由で、妻に財産を渡したくない場合は、「子供に全財産を相続させる」と遺言することになります。

   自分の死後、遺産を相続した妻が再婚し、その後死亡すると、その遺産は、妻の再婚相手に移ります。これを防ぐため方法として、全財産を子供などに相続させる内容の遺言をしておくことが考えられますが、上述の通り妻には遺留分があります。したがって、他家に持って行かれたくない財産は子供などに遺贈しておくことが必要です。

   また、離婚調停中の妻には財産を渡したくないという夫の希望がある場合にも、同様な遺言をすることになります。しかしながら、離婚調停中であっても妻は妻であり、遺留分をしっかりもっています。

(2)特定財産の承継
   ここでは、望むべく財産を望むべく人に承継させることを目的とした遺言について見ます。

① 居住用の不動産を妻に承継させる
   「当該不動産を妻に相続させる」という内容の遺言をします。 財産が不動産だけであるときなどは、子供に遺留分減殺請求権が発生することになります。

⑥ 会社の株式を長男に承継させる
   自分の死後長男を会社の後継者にしたいときは、「当該株式の全部を長男に相続させる」という内容の遺言します。

   ただ、この場合、上記持株以外に財産がないという場合も多く、他の兄弟が遺留分をもつことになります(この問題の詳細は、中堅・中小企業における円滑な事業承継の進め方参照)。

(3) 相続人ではない人への承継
   内縁の妻、内縁の妻の子、妻の連れ子、息子の妻、生前に世話になった知人などに財産を承継させたい場合も、遺言でこれを実現できます。

   例えば、内縁の妻には相続権はありませんので、内縁の妻に財産を遺すには遺言で遺贈することが絶対に必要になります。

   ただ、「全財産を内縁の妻に遺贈する」といった遺言をすると妻子と内縁の妻の間に熾烈な争続が発生する可能性がありますので、妻子の遺留分を侵害しないような範囲で行うなどの配慮をすることをお勧めします。

(4)その他の事項の遺言
①負担付遺贈
  妻の老後の面倒をみることを条件して、長男に全遺産を相続させるような内容の遺言もできます。

② 内縁の子の認知
  内縁の妻(もしくは愛人)との間の子を生前に認知すると戸籍に記載されることによって、いろいろともめ事が起こりえます。ただ、認知をしない限り、その子との間には親子の関係が発生しませんので、その子に相続権はありません。これも、また無責任な話です。

   その場合、遺言によって認知することもできます。この認知の効力により親子関係が発生し、相続権も発生します。もちろん、これによってもめ事が発生することにはなるかと思いますが、最後の親の務めでしょう。 なお、婚姻外で生まれた子供の法定相続分は、非嫡出子として嫡出子の1/2になりますが、この法律は近く改正されるものと思われます。

9 当事務所の業務
   当事務所では、遺言書作成及びその管理を業務として行っております。 費用は次の通りです。
   遺言書作成費用 10万円〜
   管理費用    5千円〜/年間