トピックス

最高裁が武富士創業家の贈与に関する課税取消し
元専務の勝訴が確定し、2000億円還付
巨額税務訴訟の争点はいたって単純、「元専務の住所はどこですか??」


 消費者金融大手の武富士(会社更生手続き中)の創業者の長男で元専務のT氏が、海外資産(実質的には武富士の株式)の生前贈与に関し、約1330億円を課税されたのは違法だとして贈与税の決定処分の取消しを求めた訴訟の上告審判決が出ました(平成23年2月18日)。最高裁は、課税を適法とした東京高裁判決を破棄し、決定処分を取消した一審の東京地裁判決を支持しました。

 T氏は、延滞税を含め約1600億円を既に納付済みであったため、国は還付加算金約400億円を上乗せした約2000億円を還付することになります。

 これほど巨額な税務訴訟ですので、多岐かつ複雑な税法上の論点に関し、想像もできないような精緻な論争が繰り広げられたようにお考えになるかもしれませんが、争点はいたって単純です。贈与の当時、T氏のお住まいが、日本だったか、香港だったかというものです。しかも、住所の定義は、民法22条に「各人の生活の本拠をその者の住所とする」という規定があるので、この条文の解釈問題なのです。この条文は、法学部の学生がまず勉強する民法総則の冒頭部分に出てくるものですから、記憶にある方も多いのではないかと思います。お住まいが日本か、香港か、たったそれだけの判断で約1330億円の課税があるかないかという博打みたいな話です。

 平成9年頃、武富士は、消費者金融で大成功して東証一部に上場も果たし、創業者の有する株式の評価額も1000億円を優に超えるものになっていました。事業に成功した創業者は、その事業を息子などの親族に継承させたいと願うのは世の常ですが、武富士の創業者も同様です。ところが、創業者の死亡により相続が発生すると巨額の相続税が賦課され、その株式の相当部分を処分して支払うことが必要となりますし、その結果跡継ぎの支配権も希薄になります。そこでこれを避けてなんとかしようと考えるのですが、そんなことが簡単にできるわけがありません。税法の立法担当者はそんな間抜けではないのです。ただ、これが中小企業での事業承継の妨げになっていることは、すでにご紹介した通りです(中堅・中小企業における円滑な事業承継の進め方参照)。

 ところが、抜け道を作らないようにと精緻な立法を行っているつもりでも、人間のなせる技、どこかに隙間ができるものです。そして、当時の税法では、「住所が海外」にある日本人が「海外資産」の贈与を受けた場合は課税されないことになっていました。そこで、武富士の創業者は、公認会計士から指南を受けた上で、その跡継ぎ候補であるT氏に、課税回避のために香港に住むように指示し、T氏も香港に居宅を構えました。ただ、やはり日本が恋しかったのか落ち着かず、日本にたびたび帰国するとともに、居宅を残していたため、香港に出国してから贈与を受けて引き上げるまでの期間、香港での滞在日数の割合は約65%、国内滞在の割合は約26%となっていました。

 そこで、国税当局は、T氏が香港に居住したのは租税回避の目的の形だけのものであり、これを住所というべきではなく、T氏の住所はいまだ日本国内にあるとして、延滞税を含めて約1600億円の課税処分を行ったのです。

 1審の東京地裁は、香港での滞在日数の割合は約65%であり、その住居で起臥寝食する一方で、国内滞在の割合は約26%にしかすぎないことからすれば、日本国内が生活の本拠であるとすることはできないとし、国税当局の主張は租税回避意思を過度に強調したもので、客観的な事実に合致しないといって、課税処分を取り消しました。つまり、住所は客観的に定まるという判断を示しました。

 これに対して、控訴審である東京高裁は、T氏は、贈与税回避を可能にする状況を整えるために香港に出国し、その滞在日数を調整していたのだから、T氏の香港での滞在日数を重視し、国内での滞在日数と形式的に比較してその多寡を主要な考慮要素とすべきでないとした上で、日本国内に4日に1日以上の割合で滞在し、日本国内で起居し、日本国内で武富士の役員として業務に従事し、香港に家財等を移動したことはないなどといった事実関係のもとでは、T氏が本件期間の約3分の2の日数、香港に滞在していたとしても、本件贈与を受けた時においてT氏の生活の本拠である住所は国内にあったものと認めるのが相当であるとして、T氏敗訴の判決を出しました。要は、T氏の内心の意思、目的なども勘案して住所は決定されるべきであり、単純に外観だけで判断すべきでないといっているのです。

 そして最後に、最高裁は、滞在日数と客観的な生活の状況を勘案して生活の本拠は判断されるのであって、租税回避が目的でも客観的な生活実態がある限り、住所は香港にあったことになると結論付けるに至りました。ここでは、住所は客観的に定まるものであり、客観的な生活の実態があるかぎり、内心の意思、目的がどうであれ、そこに住所があるというものです。

 補足意見もあり、これによれば、本件の実体は、海外経由で両親が子に高額な財産を無税で移転したもので租税回避の目的に基づく行為であるから、著しい不公平感を免れないし、一般の法感情からは違和感もあるとしながらも、結論としては、納税義務に関しては厳格な法解釈が求められるべきである以上、課税決定の取消しはやむを得ないとしています。

 なお、2000年の税制改正で、贈与する側か受ける側のいずれかが過去5年以内に日本に住んでいれば、海外資産も課税対象となるとの改正が行われました。

 以下においては、最高裁判決の内容をもう少し詳しく紹介します。

1 争点
贈与を受けた時において、T氏が日本国内に住所を有していたかどうか。

2 事実関係
(1)T氏は、武富士の創業者の長男であり、武富士に平成7年1月に入社した。同氏は、武富士の後継者として目されていた。

(2)当時、贈与税の課税は、贈与時に受贈者の住所又は受贈財産の所在のいずれかが日本国内にあることが要件とされていたため、贈与者が所有する財産を国外へ移転し、更に受贈者の住所を国外に移転させた後に贈与を実行することによって、我が国の贈与税の負担を回避するという方法があった。

(3)武富士は、平成9年5月、海外での事業展開を図るという名目で香港の現地法人を買収し、T氏が現地法人の取締役に就任した。

(4)T氏は、平成9年6月29日に香港に出国してから同12年12月17日に業務を放棄して失踪するまでの期間(以下「本件期間」という。)中、合計168日、香港において、関係者との面談等の業務に従事した。他方で、T氏は、本件期間中、月に一度は帰国しており、国内において、武富士の取締役会や営業幹部会、全国支店長会議等に多く出席し、さらに、新入社員研修会、格付会社との面談、アナリストやファンドマネージャー向けの説明会等にも出席した。
本件期間中に占めるT氏の香港滞在日数の割合は65.8%、国内滞在日数の割合は約26.2%である。

(5)T氏は独身であり、本件期間中、香港においては、家財が備え付けられ、部屋の清掃やシーツの交換などのサービスが受けられるアパートメントに単身で滞在した。そのため、T氏が出国の際に香港へ携行したのは衣類程度であった。アパートの賃貸借契約は、期間2年間であり、さらに期間2年間の約定で更改された。他方で、T氏は、帰国時には、香港への出国前と同様、杉並区所在の居宅で両親及び弟とともに起居していた。

(6)T氏はその資産のほとんどは、日本に置いたままであった。

(7)T氏は、香港に出国するに当たり、住民登録につき香港への転出の届出をするなどの手続を行った。
他方で、T氏は、複数の取引銀行及びノンバンクのうち、その一部について住所が香港に異動した旨の届出をしただけであった。

(8)創業者は、創業者とその妻が全ての出資口数を持つオランダ王国における会社に、平成10年3月に武富士の株式合計1569万8800株を譲渡した上(筆者注;これによって武富士の株式は海外資産となった。当時、上場株の譲渡は非課税であるか、課税されても低率の税率であったと思われ、いずれにしてもここでの譲渡は適法に税務上の手続が行われているために、税務当局は手が出せなかったということでしょう。)、同11年12月(筆者注;香港に赴任してから2年6ヶ月後、武富士の株式が海外資産になってから1年9ヶ月後)に、T氏に対し、上記会社の90%の出資口数を贈与(以下「本件贈与」という。)した。

(9)創業者とT氏は、本件贈与に先立つ平成11年10月ころ、公認会計士から本件贈与の実行に関する具体的な提案を受けていた。また、T氏は、本件贈与後、3か月に1回程度、国別滞在日数を集計した一覧表を武富士の従業員に作成してもらったり、平成12年11月ころ国内に長く滞在していたところ、上記公認会計士から早く香港に戻るよう指導されたりしていた。

3 高裁の判断

 T氏は、贈与税回避を可能にする状況を整えるために香港に出国するものであることを認識してその滞在日数を調整していたのだから、T氏の香港での滞在日数を重視し、国内での滞在日数と形式的に比較してその多寡を主要な考慮要素とすべきでない。

 T氏は、4日に1日以上の割合で国内に滞在し、国内滞在中は杉並の居宅で起居していたこと、本件期間中も武富士の役員として国内で業務に従事していたこと、香港に家財等を移動したことはなく、香港に携行したのは衣類程度にすぎず、アパートメントも長期の滞在を前提とする施設であるとはいえないものであったこと、香港において有していた資産は総資産評価額の0.1%にも満たないものであったこと、銀行やノンバンクの多くに住所が香港に異動した旨の届出をしていないことなどからすれば、T氏が本件期間の約3分の2の日数、香港に滞在し、現地において関係者との面談等の業務に従事していたことを考慮しても、本件贈与を受けた時においてT氏の生活の本拠である住所は国内にあったものと認めるのが相当である。

4 最高裁の判断
 高裁の上記判断は是認することができない。

(1)住所であるか否かは、客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かにより決すべきものである。

(2)本件では、T氏は、現地法人の役員として香港に赴任しつつ国内にも相応の日数滞在していたところ、本件贈与を受けたのは上記赴任の開始から約2年半後のことであり、香港に出国するに当たり住民登録につき香港への転出の届出をするなどした上、通算約3年半にわたる赴任期間である本件期間中、その約3分の2の日数を2年単位(合計4年)で賃借した居宅に滞在して過ごし、その間に現地において関係者との面談等の業務に従事しており、これが贈与税回避の目的で仮装された実体のないものとはうかがわれないのに対して、国内においては、本件期間中の約4分の1の日数を杉並の居宅に滞在して過ごし、その間に武富士の業務に従事していたにとどまるというのであるから、本件贈与を受けた時において、香港の居宅は生活の本拠たる実体を有していたものというべきであり、杉並の居宅が生活の本拠たる実体を有していたということはできない。

(3)原審は、T氏が贈与税回避を可能にする状況を整えるために香港に出国するものであることを認識しているから、住所の判断に当たって各滞在日数の多寡を主要な要素として考慮することはできないというが、一定の場所が住所に当たるか否かは、客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かによって決すべきものであり、主観的に贈与税回避の目的があったとしても、客観的な生活の実体が消滅するものではない。

(4)贈与税回避を可能にする状況を整えるためにあえて国外に長期の滞在をするという行為は課税実務上想定されていなかった事態であり、このような方法による贈与税回避を容認することが適当でないというのであれば、法の解釈では限界があるので、そのような事態に対応できるような立法によって対処すべきものである。

(5)原審が指摘するその余の事情に関しても、本件期間中、国内では家族の居住する居宅で起居することは自然な選択であるし、香港に家財等を移動せず、部屋の清掃やシーツの交換などのサービスが受けられるアパートメントに滞在することも、昨今の単身で海外赴任する際の自然な選択である。また、香港に資産を移動していないことも、海外赴任者に通常みられる行動であるし、T氏は赴任時の出国の際に住民登録につき香港への転出の届出をするなどしており、手間を惜しんでその届出等をしていないものがあったとしても別段不自然ではない。そうすると、原審がいう事情は、香港に生活の本拠たる実体があることを否定する要素とはならない。

5 補足意見

 一般的な法形式で贈与すれば課税されるのに、贈与税回避スキームを用い、オランダ法人を器とし、暫定的に住所を香港に移しておくという人為的な組合せを実施すれば課税されないというのは、親子間での財産支配の無償の移転という意味において実質に差異がないことからすると、著しい不公平感を免れない。国外に暫定的に滞在しただけといってよい日本国籍のT氏は、無償で1653億円もの莫大な経済的価値を親から承継し、しかもその経済的価値は国内での無数の消費者からの利息収入によって稼得した巨額な富であるから、我が国における富の再分配などの要請の観点からしても、なおさらその感を深くし、一般的な法感情の観点から結論だけをみる限りでは、違和感も生じないではない。

 しかしながら、憲法30条は、国民は法律の定めるところによってのみ納税の義務を負うと規定し、同法84条は、課税の要件は法律に定められなければならないことを規定する。納税は国民に義務を課するものであるから、この租税法律主義の下で課税要件は明確なものでなければならず、これを規定する条文は厳格な解釈が要求されるのである。明確な根拠が認められないのに、安易に拡張解釈、類推解釈、権利濫用法理の適用などの特別の法解釈や特別の事実認定を行って、租税回避の否認をして課税することは許されない。そして、厳格な法条の解釈が求められる以上、解釈論にはおのずから限界があり、法解釈によっては不当な結論が不可避であるならば、立法によって解決を図るのが筋であって、裁判所としては、立法の領域にまで踏み込むことはできない。